
海にいるとときどき、愛嬌たっぷりな癒し顔をひょっこりのぞかせてくるウミガメたち。彼らは私たちと同じように肺呼吸をして暮らし、海の中では息を止めて過ごしながら定期的に浮上して、海面で呼吸をしたらまた水中へ。私たちが水面近くでバッタリ遭遇できるのは、そんな息継ぎのタイミングだったりします。彼らの一生は、砂浜に卵が産み落とされ、孵化した赤ちゃんガメが懸命にビーチを渡って海へと還るところから始まります。それから浅瀬のサンゴ礁などで数十年ほど過ごしたあと、生まれ故郷に戻って新たな命を繋いでいきます。そうして世界には7種のウミガメがのんびりと暮らしていますが、そのうち6種はすでに絶滅の危機に瀕しています。彼らの個体数も居場所もどんどん少なくなっている理由は、温暖化によって生息地や産卵地が減り、餌の海藻なども減り、装飾品や食用のためにも乱獲され、さらにはほとんどの個体がプラスチック汚染の被害を受けていて、原因はどれも私たち人間社会の暮らしによるものです。
そんなウミガメについて、今年1月の生物学専門誌『Current Biology』で、気候変動の深刻さを感じさせる発表がありました。ウミガメは孵化する前、卵でいるときの温度でオスかメスかが決まり、28℃以下ではオスに、30℃以上ではメスとして誕生します。ところが、オーストラリアのグレート・バリア・リーフにある世界有数のウミガメ繁殖地で調査したところ、99%もがメスになっていることが分かりました。その比率は、116対1でメスの数が圧倒的に多いという、衝撃的な結果でした。
気温や海水温がどんどん上昇するなかでは、グレート・バリア・リーフに限らず以前から、世界各地でウミガメのこうしたメスへの偏りが進んでいるかもしれない、と心配されてきました。世界75カ所のウミガメ繁殖地を調べた近々の結果でも、メスとオスの比率が3対1、つまり7割以上がメスになっていたそうです。気温や海水温の上昇だけでなく、森林伐採で砂浜に日陰がなくなったことでも温度が上がり、場所によっては海面上昇で巣穴に海水が侵入してしまい、誕生できない赤ちゃんガメも増えているようす。日本にもウミガメの繁殖地として大切な海がたくさんあり、毎年のように母ガメたちが産卵のために上陸しますが、国内でも同じようなメス化現象が確認されているところもあります。
ウミガメだけでなく、こうした生き物たちの痛々しい現実を知るたびに、いつも思うことがあります。彼らはなぜそうなっているのか、なぜこんな異常事態や痛みを味わうのか、人間活動が引き起こした理由なんて何も知らずに、ただただ静かに苦しみを受け入れて耐えているんだなと。そして私たちも気候変動の影響で何か取り返しのつかない事態になったら、できるはずだった温暖化対策をしなかったことを、どれほど後悔するのかなと。

予測されているよりはるかに速いスピードで進んでいる今の気候変動、極地の氷やグリーンランドの氷床もいっこうに融解が止まらず、日本の海でも水温上昇から南方系の魚たちがどんどんと北上してきています。それによって、これまで保たれていた生き物たちのバランスは崩れ、このままいけば海も陸ももっとたくさんの異常事態がドミノ倒しのように起こって、日本もいずれ食糧難や水不足を迎えるといわれます。私たちはひとつの側面だけを見て物事を捉えてしまいがちですが、今回お伝えしたウミガメの異常も、決してウミガメだけの問題ではなく、彼らに関わるすべての生態系や環境のバランスを乱すことにも繋がり、悪影響はさまざまに連鎖しています。そして、それは自然界のどんな異変についても言えること。ただ「ウミガメが可哀想」で終わるのではなく、この異変から彼らが伝えてくれる気候危機の緊迫感を、まっすぐに受け止めていきたい。ウミガメの悲しい今を知って、みなさんも何かのメッセージを感じ取ってもらえたらうれしいです。
