HONEY

2021.02.04

SURF

オアフ島のサーファーガール「Tiara Bella」アナザーストーリー|サーフィンと音楽のポジティブなパワー

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―――ハワイは、パンデミック中どんな状況だった? ティアラ自身は?
「パンデミックではたくさんの人が悲しく辛い思いをした。それには私も胸を痛めているけど、個人的にはポジティブな側面もあったわ。今まで普通にできていたことができなくなって、昔の自分に戻れたの。ビーチまでクローズしたとき、ハワイ州では唯一海の中のスポーツが許されていた。それで私は小さい頃にしていたサーフィンをまた再開することにしたの。家で眠っていた、友達のミーガンが数年前の誕生に贈ってくれたサーフボードを取り出したの。それから毎日のようにワイキキへ通ったわ。心の底からサーフィンへの感謝の気持ちと尊敬が溢れた。コロナの影響で世界がこの世の終わりみたいにどんよりとしている中、私はこんなに美しいワイキキでサーフィンできている。なんて幸せな環境なんだろうって。ワイキキビーチは家族がミュージックショーをしていたシェラトンワイキキホテルの目の前だから、すごくノスタルジックな気分になるの。ワイキキは私にとって大切な場所だということが再確認できた。あと、パンデミック前にはフラのスクールに通ってたんだけど、クラスもクローズしちゃって大好きなフラを踊れないことが残念でしかたなかった。そんな矢先に親友のケリア・モニーツからフラを教えて欲しいって言われたの。前から何度か言われてたんだけど、いつもお互い忙しくて同時期にハワイにいることがなかった。だからみんながホームに集まってるこの機会が絶好だと思って、外出自粛が解除された後は女性だけでフラを楽しんでたわ」


ケリア・モニーツの母、タミーと。ロックダウン中はどこのポイントもローカルだけで貸し切りだった

―――音楽活動は他にしていた?
「学校で音楽を教える前は、ノースショアに住む妹の子供やノースショアのコンテストのために来るプロサーファーの子供たちに向けてウクレレクラスを開いていたの。タミー(ケリア・モニーツの母親)のアイデアで、2人でスタートしたのよ。その頃タミーが『I love Hawaii 』っていう曲を書いたの。この曲には何かエネルギーが足りないから、あなたがラップのパートを考えてって言われて担当した。曲が完成すると、ウクレレ教室の子供たちを連れてハワイで有名なプロデューサーのスタジオでレコーディングをして、ミュージックビデオまで撮影してたのに、なぜかリリースできていなかったの。そこで、タミーがこのパンデミック中に『今こそあの曲を発信するときじゃないかしら』って声をかけてくれた。ロックダウンで大切な人と会えなかったり孤独や将来の不安を抱える人たちがいる中で、この歌は私たちがハワイで育ったこと、ここに住んでいることの喜びや、ハワイの伝統の中で今を生きる子供たちのポジティブなイメージ、ハッピーなエネルギーを伝えたかった。それと、子供は未来の宝物だから守らなきゃいけない、っていう今の私たちに必要なメッセージも込められているの。10月10日に歌とMVをやっとリリースすることができたわ。数年前にお母さんが亡くなってから、タミーが第2のお母さんのような存在で常に私を導いてくれてるんだ。音楽のキャリアを目指してLAに数年住んだ後、ハワイに戻ってきて何をしようかと途方に暮れていた私に、ウクレレクラスの開講をプッシュしてくれたのも彼女。音楽の先生になるきっかけを作ってくれた人なの」


photography & interview:Ke’alohi text:Alice Kazama

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