上原かいのハワイコラム|Don’t Worry, Be Yourself

引っ越しのために本棚を整理していたら、物凄いものを見つけてしまった。中を見た瞬間、息を呑んで、心も身体も固まった。感覚が戻ってくると、うれしくて涙が出てきた。自然を超える力によって引き起こされた不思議な出来事、奇跡が起こったのだ。とても大切だから、自分だけの心に閉まっておこう。すぐに消えてしまうのではないかと、何度も何度も、読み返した。”Don’t worry, be yourself”

その外国製のリーガルパッドは白い小ぶりなサイズで、表紙をめくると一番上の行に、“お父さんへ”と書いてあった。その横には日付けがあった。父の亡くなった次の年だ。そして、健康健脚で毎朝散歩を欠かさなかった父が、横断歩道を歩行中に前方不注意の車に跳ねられた日にちだ。その事故の朝、前々日にハワイから一時帰国していた私は、海にいた。病院から一刻も早く来るようにと、再三連絡が入っていた。頭が真っ白になった。呆然と立ち尽くし、顔面蒼白の私を偶然通りかかった友人が、東京に向かう電車に乗せてくれた。父は一命は取り留めたものの、頭を強く打っていた。ICUのベットに横たわる姿は、肩から腕にかけて生々しいあざが広がり、痛々しかった。頭蓋骨骨折、硬膜下出血で、絶対安静とは言え変わらずに話も出来る様子に、少し安堵した。翌日から新しくプロモートするハワイブランドのトランクショーや、日本各地でのローフードワークショップと、目一杯のスケジュールが始まることを思い出した。順調に仕事も進み、父は1週間後に退院することが出来た。まだ介助を必要とする父の身の回りの世話と、地方のワークショップが同時に始まった。予定通り仕事をするようにとの父の言葉もあって、九州まで来た。しかしその晩、父からSOSが入った。まだひとりで生活出来る状態ではなかった。翌日のワークショップをキャンセルさせてもらい、急ぎ最終便に乗った。それ以降の予定も全てキャンセルさせて頂いた。新たなビジネスを始めるための帰国は、父の介助生活に変わった。多くの方にご迷惑をかける事になってしまったけれど、大切な父を守る決断に迷いはなかった。幸い、ハワイによく遊びに来ていた父は、また行きたいと言うほどに快復した。一緒にハワイに帰ろうと、父のパスポート更新も申請した。父はその受け取りの日を、毎日心待ちにしていた。当日はもう大丈夫だからと言う父と、電車に乗って出かけた。真新しいパスポートを手にした、満面の笑顔が忘れられない。その晩遅く、父の寝室から助けを求める声がした。激しい頭痛に襲われたのだ。救急車を呼んで病院に行くと、再出血が判った。再びICUに入院する。意識ははっきりとしていた。三日後の七夕の朝、病院からすぐ来るようにと連絡が入る。多量の出血があって、緊急手術をしないと助からないと。駆けつけた時、もう父の意識は無かった。前日の夜、面会時間が終わる帰り際、父は妙に寂しそうな顔をした。不思議に思ったのを覚えている。大手術は無事に終わった。けれどもその後、父が再び意識を取り戻すことはなかった。それでも半年間、懸命に生きようと頑張ってくれた。空を飛ぶ飛行機を見た時、飛行機! と叫ぶと、父がパッと目を見開いたことがあった。耳の感性は最期まで残るそうだ。けれども、その命の灯火がだんだんと小さくなっていくのがわかった。もう一緒にハワイには帰れないけれど、大好きな家に帰ろうと言うと、父は頷いた。家に帰ると安心したのか、1ヶ月も経たずに逝ってしまった。短くも愛おしい日々だった。お気に入りのアロハとジーンズを着せて、新しいパスポートを持たせて、いつもハワイに行くスタイルで見送った。最愛の父と別れ悲嘆の時を過ごし、いつしかもう一度父と話しがしたいと、強く願うようになった。

そんな頃に書いた父への手紙だった。そしてページをめくると、同じ日付けの荒れた筆跡で“父より”と書かれた文章があった。亡くなった父からの手紙だ。心が震えた。そこには、“もう大丈夫だから心配しなくていいよ”と書いてあった。先に亡くなった母と、楽しく過ごしていると。“お前らしく、好きなことを思いっきりやりなさい。楽しみに見ているよ”。最後にまた、“いつも見守っているから、心配するな”と。何年も気が付かずにいた。そして今、悲嘆の日々から立ち上がり、再び自分の人生を、新しく生きようした時に、初めて目にしたのだ。”Don’t worry, be yourself” 父からのメッセージを、やっと受け取ることが出来た。

数日後、父からの手紙は、自分の左手で書いたものだと判った。グリーフケアの先駆者エリザベス キューブラー ロス女史による癒しのプログラム、自己療法だった。けれども、これは確かに父からのメッセージだ。私の左手を介して受け取ったのだ。こうして、父といつでも繋がることが出来る。だから大丈夫、心配しなくていいよ。新しい人生を生きる自分へ、エールを送ろう“Don’t worry, be myself”

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