Her Wave 海のそばで暮らす彼女の物語#11/Chonnikan Phaitucksri 

タイ南部に位置する素朴で美しい島、カオラック。シュノーケリングやダイビングなど様々なウォーターアクティビティが盛んなこの島に移住したチョニカン・ファイトゥクスリ(ニックネームはミンク)。彼女も多くのサーファーと同じように、サーフィンに出合い人生が大きく変わったひとり。「海のそばで暮らしたい」という想いからそれが実現するまでのライフストーリー、タイでの生活をお届けします。インスタグラム


あなたのことについて教えて

生まれと育ちはタイのバンコク。2年ほど前に海の近くに住みたくてタイ南部のカオラック(Khaolak)という場所に移住して、今はパートナーとここに住んでいる。留学先のオーストラリアからタイに戻って来たときにちょうどパンデミックが始まり、サーフィンが出来ない都市部にいるのは考えられなかったからカオラックに移住したの。毎日サーフィンができる生活をしたくて、彼とジェラートのビジネスを海沿いで始めた。これが予想以上に順調でこれからビジネスも拡大する予定。カオラックはプーケット島の北にあるエリアで、真っ白な砂浜と青い海、手付かずの自然を満喫できるタイでも屈指のビーチリゾート。最近はタイ旅行者の穴場観光スポットとして人気で、徐々に知名度をあげてきている。大学では心理学を勉強してその道を進もうと思ったんだけど、サーフィンに出合ってから色々と考えが変わったわ。大学を卒業して良い仕事に就くことだけが人生じゃないってね。

サーフィンを始めたきっかけ

初めてサーフィンをしたのはカオラックで、6年くらい前のこと。カオラックを訪れたのもその時が初めてで、当時は何もない小さなビーチ沿いの村だった。地元の人が何人か海でサーフィンしているのを見て、サーフィンに詳しくなかった私でも「BLUE CRUSHの映画で見たやつだ!」って思ったの。それで、サーフボードを貸してもらって海に入ったの。教えてくれる人は誰もいなくて、近くでサーフィンしていた小さな子供たちの見よう見まねでやったの。上手く波に乗れたのは数本だったけど、その時の楽しさが忘れられなくてそれからサーフィンにのめり込んでいった。それから2年後、友達とバリに行くことになって2回目のサーフィンをした。海の近くに住んでいなかったからコンスタントにサーフィンすることが出来なくて、やっとサーフィンを本格的にするようになったのはオーストラリアに留学していたとき。心理学の勉強をブリズベンでしていたんだけど、セメスター期間中は自由な時間もたくさんあったから、サーフィンのレッスンを受け始めたの。でもレッスンもボードレンタルも高いから、自分のサーフボードを買って海に行くことにした。タイではサーフィンをする友達や知り合いは誰もいなかったから、初めて7’6″のミッドレングを買ったときは、自分がパイオニアになったみたいで少し誇らしかったわ。ただ、両親にサーフィンを始めるって言ったらとても心配された。カオラックに移住することも含めて、本当にやっていけるの?ってね。でもこれまでも1人で色んなことをしてきたし、久しぶりに両親に会うと焼けた肌を見て驚かれるけど、私はこれが好きだから気にしない(笑)。

タイのサーフィン事情

タイはあまりサーフィンのイメージがないかもしれないけど、実はサーフィンができるスポットもたくさんあって、今サーフィン人口は増えてきていると思う。私がいるカオラックでもサーフィンコミュニティには30人ほどいて、少し前に比べると倍以上。レッスンを受けている人もよく見かけるわ。波はスウェルが入らない限りメローなビーチブレイクのロングボード向けの波。数年前はスウェルがヒットして、すごく良い波だったらしい。まだサーフトリップには行ったことがないから、行きたい場所だらけ。タイ国内のサーフスポットも行きたいし、オーストラリアの違うエリアにも行ってみたいな。

海との関わり

パンデミックになってサーフィンが自分の中でより重要になった。たくさんの規制やルールがあるなかで生活するのって窮屈で疲れる。毎日海に入ることで自分を落ち着かせてくれて、すごく平和で静かな時間を過ごせる。“今”この時間に集中できて周りのものがより美しく見えるし、不安になったり焦ったりしなくていいんだってリマインドしてくれる。

現在24歳のミンク、これからも色んなことに挑戦し続けたいと語る彼女。その原動力はどこからくるの?

私はサーフィンに出合って人生が大きく変わった。自分の知らない世界に一歩足を踏み入れると、人生が変わることがあると学んだの。そして何もしないで後悔するより、やって違うと思ったらやめればいいだけ。これからも後悔しない生き方をしたいと思ってる。

text: Miki Takatori

SHARE