【上原かいコラム】#3_Imagine, All the People Living Life in Peace

“想像してみて、すべての人々が平和に生きている世界を”半世紀前、ジョンとヨーコが描いたユートピアは、未だ理想郷のまま、現実とはかけ離れた、想像上の世界だ。“想像してみて、天国も地獄もないことを。想像してみて、すべての国家などないことを。その為に、殺すことも、死ぬこともないのだと”でも、今この瞬間にも、その生きる権利を脅かされ、無用な殺戮行為に巻き込まれている人々がいる。同じ世界に生きる者として、ただ驚き、嘆くばかりではいられない。戦争は、遠い昔のこと、あるいは、遠いどこかで起こっていること、と思ってはいなかっただろうか。誰の身の回りにも、小さな諍い事はある。ほんの少しでもいい。想像してみて。争いのない。差別もない。自分とすべての人々が、自由で、幸せで、平和に生きられる世界を。“Imagine, all the people sharing all the world〜世界中のすべての人々が、この世界を共有していることを、想像してみて”

子供のころから、様々な国の、異なる文化に強く惹かれていた。世界中の人々と仲良くなりたくて、外国語の勉強に夢中になった。けれども、文字も言語も全く違う国々の多さに、その容易でない道のりに、絶望した。子供心に、世界中の言葉がひとつで、人種も共通で、国もひとつだったら、簡単なのにと思った。でもそうすると、文化もひとつになってしまう。それはつまらないな、と思った。多種多様な言語や文化、多種多様な民族。その違いを知りたいと思った。それでも、国境がなければ、自由に世界中を行き来るのにと、今も思ってしまう。国って何だろう。国の始まりは、生きるために集団生活を始め、猟や農耕を営み、土地を領土とした共同体だ。やがて、土地を奪い合い、領主は権力を争った。人が集まり、集団ができると、そこには争い事が起こる。何故だろう。生存本能や帰属意識、なのだろうか。国は何のためにあるのだろう。“国とは、国民を幸せにするための社会システムだ”と言った人がいる。そうであって欲しい。なのに、争いを繰り返す人類。その歴史は戦争の歴史だとも言われている。17〜18世紀のハワイでも、カメハメハ大王がハワイ諸島を統一し、ハワイ王国を建国するまで、各島々のチーフが主権を争い合っていたという。けれども、まさかこの現代に、領地を奪う為の、侵略戦争が起こるとは思ってもいなかった。他国を、そこに暮らす人々を、さらには自国民さえも、尊重することない戦争。嘆き悲しみ逃げ惑う人々や、戦いに身を投じる人々の姿が、リアルタイムの映像で、世界中に配信されている。私に今出来ることは何か、と考えた。“想像してみて、国なんてないと。その為に、殺すことも、死ぬこともないのだよ〜Imagine, there is no counties. Nothing to kill or die for.” 

“平和な社会に生きている、と思っている私たちの身の回りにも、いじめや虐待、差別が潜んでいる。人は、集団の中で仲間意識が芽生えると、よそ者や弱い立場の者を除外しようとする。残念ながら、それは海の中でも見られる。学校でも、海でも、様々な人や、知らない人が集まるところでは、互いの存在を認め合い、リスペクトすることから始めたい。何よりも大切なのは、挨拶をすることだ。あなたの存在を認めます、という意思表示だ。いじめは、存在を無視することから始まる。ハワイ語のALOHAという言葉には、ALOは顔、存在、HAは息、命という意味がある。古代ハワイアンは、互いの額と鼻を合わせて、鼻から深く息を吸い、互いの息を感じながら挨拶をした。互いの命の尊さを共有し、讃え合う。その存在を喜び、息をシェアする。ハワイ大学の伝統儀式で、何度か経験をしたことがある。息を共有すると、その命と存在を直に感じて、自分を感じるように、他者を近くに感じた。“想像してみて、すべての人々は今日も生きて、息をしていることを〜Imagine, all the people living for today.”

Imagine, 想像してみよう。それは、いつでも、どこででも、今すぐにでも出来る。“君は僕をドリーマーというかもしれない。でも僕だけではない。いつか世界をひとつにしていこう“Imagine, all the people living life in peace.〜想像してみて、世界中の人々が、平和に生きられる世界を”。

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