【上原かいコラム】#6_Living Pono as Living My Life

Ponoというハワイ語を知ったのは、ハワイに移り住んでからだった。カレッジでHawai’i Life Stylesという学科を專攻して、ハワイの伝統文化を学び初めてからだ。その学科には、多くのハワイアンたちが自らの文化を取り戻そうと、学びに来ていた。本土から移住してきたアメリカ人も、その土地の文化を知ろうと受講していた。また、ハワイを愛する日本人留学生たちも数多く学んでいた。多様な人種が、様々なカルチャーを背景に持ちながら、一つの文化で繋がっていくことの素晴らしさを、初めて知った。ハワイ好きでもないのにハワイに移り住んだ私には、その文化は知らないことばかりだった。ハワイアンの教授の、腹の底から湧き出るような、祈りにも似たチャンテイングに惹かれて専攻を決めた。始まって間もない授業で、ただの挨拶だと思っていたAlohaが、ハワイアンスピリッツを表す、いくつもの意味合いを持つことを知った。そのAlohaの次に大切にされている言葉のひとつ、Pono。正義、正しさ、善良な、真心、本質、などの意味がある。ハワイアンの男の子の名前としても、よく使われている。ポノという柔らかい響きが、心地良くて好きだ。けれども、その使い方が良く分からなかった。“Malama Pono”というフレーズで、別れ際の挨拶として、“Take care”と同じ意味合いで使われている。別れ際に、“正義を大切に”って、なに? けれども、ハワイの人々が“Ponoであること〜正しくあること”をすごく大切にしているのは、分かった。その後、予期せぬ人生の転機が訪れて、自分と向き合う日々が続き、その言葉が理解出来るようになった。“Pono〜正しさ”はひとりひとり個人の判断。他の誰かが決めるものではない。人それぞれ正しいと思うことは、違うこともある。けれども、本質はひとつ。自分が正しいと思うことを、信じてやり通すしかない。Ponoはその人の本質、生き方そのもの。選択に迷った時、人との関係に困った時、自分に問いかける。“それってPono? それは私?”と自分の正義を、自分に問いかける。他者ではない、自分の人生を生きるために。別れ際に、“Malama Pono〜自分の正しさを大切に”と言うのは、自分を生きることへのエールなのではないかと思う。“Ponoを生きることは、自分を生きること〜Living pono as living my life”

ハワイ語だけでなく、古典フラをはじめとして、ハワイ固有の植生や地理、農業や漁業、航海術、神話に至るまで、その精神性を学ぶうちに、ハワイの伝統文化に強く惹かれていった。太平洋に浮かぶ無人島だったハワイ諸島に、ポリネシアの人々が海を渡って移り住み、ハワイアンとなって、王国を築く。のちに西洋人に発見されて、欧米人が移り住んでくる。彼らが起こしたサトウキビ農園に、安価な労働者として移り住んだ日本人などアジア人、ポルトガル人など様々な国の人々は、差別に苦しんだ。こうしてハワイは、多くの人種が混合する島独自の文化を育んで行った。けれども、アメリカ統治が始まると、ハワイの固有文化である古典フラやハワイ語を話すことも禁じられた。1970年代以降に、ハワイアンルネッサンスと呼ばれる文化復興を謳い、独自の文化を取り戻そうとする動きが活発となった。そして今に続いている。様々な人種やカルチャーを受け入れてきたハワイアンたちは、自らの文化の源ともなるハワイ語を取り戻すことで、自らを取り戻そうとしたのだろう。だから彼らは、Ponoを大切にしている。Ponoは生きることそのものだから。

少し前に、海でいざこざがあった。ローカルとよそ者のトラブルだ。サーフィンにとって、地域の海を守るローカルの存在はとても大切だ。そして来訪者は、その存在にリスペクトすることが大事だ。けれども時として、両者の言い分はぶつかり合う。そんな時、ハワイアンのレジェンドサーファーが、Ho’oponoponoを始めた。それは、ハワイに古くから伝わる、Ponoな状態に戻すための話し合いだ。アンクルは“海は神様から授かった皆のものだ”と言った。“互いを尊重しろ”と。かつて私移住者として、ひとりのローカルから無視され続けた経験がある。でも自分のPonoを生きるしかないと思った。相手がどうあろうと、ただ毎朝笑顔で挨拶をし続けた。いつの間にか、挨拶に答えてくれるようになった。そして言葉を交わすようにもなった。“He ‘ike ‘ana ia i ka pono.〜正しい行いはいつも見られている”というハワイ語のことわざがある。人種、文化、言語、そして、ローカル、移住者やよそ者という、それぞれの個性が人々を隔てるのではなく、その個性や人びとのPonoが融合して、互いに支え合い、共に生きるAlohaな世界を生きたい。だからPonoを生きよう。自分の人生を生きるために。“Living Pono as Living My Life”

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