【上原かいコラム】#7_Let’s Give it Up, but Never Give Me Up !

出掛ける前、ふと庭に⽬をやった。ぴたりと⾜が⽌まった。その光景に、⽬が釘付けになった。ん……? 何だろう。そのままその場に⽴ち尽くした。何が起こっているのかわからなかった。頭の中で?? が駆け巡った。もしかしたら!? と浮かんできたけれど、まさか! 信じられない!! でも、やっぱりそれしかない!! どう考えてもそうだ! 喜びが込み上げてきた。わー! ⽣きていてくれた。諦めなくてよかった!

それは、緑々とした筒状で、先端を⻘い空に向け、⼟の中から真っすぐに伸びていた。半年前、住み慣れた家を離れる時、巨⼤化したクワズイモを掘り起こすことが出来ず、泣く泣く切り倒した。太い芋から⼒強く伸びるトロピカルな葉っぱ、そのユニークな姿に⼼惹かれて、ひとり暮らしの頃から、鉢植えで育ててきた。懐かしいこの家に戻った時、庭に地植えをした。狭い鉢から地⾯に解き放たれて、⼟の栄養分をどんどん吸い上げて、緑々と⽣い茂る姿は、マナ(⽣命⼒)そのものだった。庭の真ん中から、家族を⾝守ってくれているようだった。万策尽きて、移植は諦めざるを得なくなった時、ならば⾃分の⼿でと、お清めをしてお礼を⾔いながら切り倒した。でも、やっぱりこのまま諦めたくない!! 切り倒した芋と、1メートル弱にもなる葉と茎を分けて、新しい家に持ち帰った。その命を無下にしたくなかった。天に向けて⼤きく⼿のひらを広げたような葉は、新しい暮らしに彩りを添えながら、不安を和らげてくれた。茎はその葉脈を模様として、記憶に留めるために、カパラと呼ばれるスタンプを、カヒコ(古典フラ)の⾐装に施した。芋の部分は、新しい家の庭の東側に植えた。命が再び蘇り、新たに芽吹いてくれるようにと祈った。なんとかその命を繋ぎたかった。ハワイの神話、ハーロアの伝説が頭の⽚隅にあった。⽗なる天空の神ワーケアとその娘の、死産した⼦供を東向きの⼟地に埋めると、そこから芽が出て、⼤きなハート型の葉を広げるタロイモとなった。その次に⽣まれた⼦供、ハーロアは最初のハワイアンだ。タロイモと⼈間は兄弟なのだ。古代ハワイから、タロイモは⼈間の祖先とされ、⼤切にされてきた。その葉の真ん中の窪みをハワイ語でピコと⾔う。おへそ(中⼼)という意味で、⾃分の中⼼=コアという意味合いでよく使われる。家族の意味をもつオハナは、オハ(タロの⼦株)の複数形だ。クワズイモは同じサトイモ科であるが、毒性があるので観葉植物として⽤いられている。その⼩さくなった切株は、何度となく野⽣動物に掘り起こされた。掘り起こされたまま、何⽇も放棄して、投げ出しそうになった。けれども、やっぱり諦めたくなかった。始まりに戻すように鉢に植え替えて、動物たちの⼿が届かないエリアに置いた。なんの変化もないまま芽吹きの季節が過ぎて、諦めが過った。ダメかもしれない。だんだん鉢に⽬をやらなくなった。願望が叶わないことが怖かった。けれども、願いは叶った。夏の訪れを予感する、強い⽇差しが差し込む朝、その再⽣に気が付いた。命は蘇った。芽吹いた姿は、どうだと⾔わんばかりに凛として、朝⽇を浴びながら輝いていた。そのマナに敬服した。諦めかけた⾃分が、少し恥ずかしくなった。

植⽊職⼈から造園業者まで、皆、⼝を揃えて不可能と⾔った。⾃⼒で出来ないものかと調べもした。現状を明らかにして、⾒極めて、受け⼊れざるを得ないと判断して、“諦めて”切り倒したクワズイモ。でも、⾃分の⼼は諦めきれなかった。何故、そんなにこだわるのか、再⽣を願った切株を嘲笑する⼈もいた。でもそれはその⼈の考え。私の思いとは違う。⾃分の⼼は諦められない。諦めるという⾔葉は、⾃分の願望が叶わずに、仕⽅ないと断念することと思ってきた。ネガテイブなイメージが強くて、ずっと好きではなかった。⾼度成⻑期の末期、願えば何でも叶うという社会の⾵潮もあった。いつしか、諦めない⾃分がアイデンティティになっていた。仕事も、プライベートも何ひとつ諦めたくないから、寝ないで働いて、寝ないで遊んだ。今思えばそれは、アイデンティティというより、欲望だった。そんな⽇々に、突然⼤切な⼈を失った。受け⼊れられなかった。でも、どんなに抗っても、その命は戻ってはこなかった。初めて、どうにもならないことに直⾯した。そんな頃、⽣き⽅を変えようと、サーフィンを始めた。毎週末仕事を休んで、レッスンを受けに、海に通った。荒れた天候でノーサーフとなった時、“仕⽅がない”という師匠の⾔葉に憤慨した。そののち、サーフィンを続ける内に、状況を⾒究めて、“諦める”⼤切さを知った。⼈間は、海に、⾃然に抗うことは出来ない。また⼤切な⼈、オハナを失った。⽣きる気⼒も、欲望もなくなった。喪失感に覆われて、⾃分を⽣きることを諦めかけた。でも諦めきれずに向きあったら、いつしか、再び⽣きる勇気が芽⽣えた。そして、思い出の詰まった家を離れる決⼼をした。“諦めた”のだ。過去に執着せず、今の⾃分で、今を⽣きるために。

“諦める”という⾔葉の語源は、仏教⽤語の“諦観”。“明らかに観る”ことだそうだ。また仏教では、“諦”は、真理、道理、悟りを意味するという。“諦める”はネガテイブな⾔葉ではなかった。物事の道理を明らかに観て、納得して“諦める”ポジティブな姿勢だ。ただ抗うのではなく、とことん向き合って、明らかにする。すると、⾃分の⼼も明らかになる。今の状況や⾃分を受け⼊れて、前向きに⽣きられるようになる。時に⾃分に失望したり、逃げたりしながら、ここまで多くの時間を費やした。今では、最も⼤切な時を過ごせたことに感謝している。これからは、⼈⽣を“諦め”ながら⽣きていこう。でも、⾃分の⼼は決して諦めない。それは私のピコ=コアだから。“諦めて”⽣きる、でも決して⾃分を諦めない。Let’s give it up, but never give me up. 翌⽇、棒状の芽は、丸いハート型の葉を広げていた。蘇ったオハナが、また庭から私を⾒守ってくれている。

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