
愛しのわが家~ Home Sweet Home、私の本当の住処はどこにあるのだろう。それはどこか、今いる場所とは別のところにある、いつか行くところ。現実を未来に委ねて、いつからか、今を生きていないことに気が付いた。Stay Home が続く中、自分に問いかけ続けて、向き合った。Home、家って何だろう。自分の居場所、安心出来る場所、安らげる場所。心の拠り所。帰る所。眠る所。守られる所。素のままで居られる所。愛する人が待つ所。甘くて、温かくて、ほっとするSweet Home。それがどこにあるのか分かった。その家は、もうすでにあった。とても近くに。自分に還る場所。本当の自分が還る所。それは、誰の近くにもある。
幸せな子供時代を過ごした、東京の郊外にある最初のわが家。大人になったら、都心に住みたいと思っていた。念願叶って独立するも、ひとり暮らしが寂しくて、結婚を考えていた人と一緒に暮らし始めた。次第に仕事が忙しくなって、家には寝に帰るだけになった。結婚とどちらを選ぶかと言われて、仕事を選んだ。ある朝、ひとりに戻った部屋に帰ると玄関が開いていて、靴の跡が部屋中にあった。ジュエリーなどが無くなっていた。まもなくして突然母が亡くなり、父を心配して実家に戻った。悲しみを癒そうと、さらに忙しく仕事をした。寝ずに待っていてくれる父を思い、どんなに遅くなっても家に帰った。父の勧めで仕事場に程近い、洒落たマンションの部屋を買った。でも、Sweet Home というより、家族もいない仮の住まいのように感じた。自分を取り戻そうと、自然の中でキャンプやサーフィンに熱中していたから、もう都会が自分の帰る場所だとは思えなかった。そんな頃、ヨガのリトリートで訪れたハワイ島プナのジャングルと海に、恋をした。ここに住んでみたいと思った。仕事も家も手放して、プナに引っ越した。プナという土地が、すっかり私のSweet Home、愛しのわが家になった。1日でも離れてプナに帰ると、うれしくて涙が出た。“I’m home ! ただいま。今帰ったよ”。一生ここを離れたくない。ジャングルに小さな家を、自分の手で建てよう。命を全うして、この海と溶岩の大地に還りたい。終のすみかにしようと決めた。
一時帰国中のある日、最愛の父が交通事故に遭った。一命は取り留めたが、そのままプナには帰らず、看病に専念した。その間、お気に入りのプナの家を手放さなくてはならなくなった。友人たちが全ての荷物を運び出し、家を空にしてくれた。父は、懸命に生きようとしてくれた。けれども、その命の灯火が刻一刻と弱まっていくのが分かった。父が本当に好きだった場所、安心できる場所、家に帰してあげたい。多くの人の助けを得て、父を家に連れて帰ると、信じられないような奇跡が起こった。半年ぶりに、父の声を聞いた。“お父さん、家に帰ったよ。分かる?”と聞くと、“分かるよ”と答えてくれた。目はもうずっと閉じたままなのに、愛しいわが家の匂いや気配を感じてくれたのだろう。最期を、父の愛するわが家で見送ることが出来た。供養を済ませて、愛しいプナに帰った。“おかえり、よく帰ったね”。家はもうなかったけれど、プナが迎えてくれた。“ただいま、今帰ったよ。待っていてくれてありがとう”。涙が止まらなかった。その後も日本とハワイを行き来する暮らしが続いた。新しい暮らしを始めようと、思い出が詰まった生家を手放そうとしたけれど、ずっと出来ないままに。その間、プナではキラウエア火山の大噴火が起こり、最愛の地はすっかり様変わりしてしまった。ポホイキの海に溶岩が押し寄せて、サーフスポットが消滅した。サーフィン仲間たちも被災したりして、散りじりになり、サーフコミュニテイも姿を変えてしまった。皆が顔見知りで、いつも誰かがいて、海の家族である仲間たちが集まる場所、Home を失った。けれども、父も母も、ポホイキの海も、仲間たちも、今もずっと私の心の中で生きている。

出会って、別れて、沢山喜び、沢山悲しみ、多くを得て、多くを失った。人間は、生きるために、還る場所を必要とする。ものとしての家はその時々の状況や人、環境によって変化する。その度に嘆き、苦しんだけれど、それらをコントロールすることは出来ない。そして、自分の家はそこには無い。本当の家は、自分の中にある。ずっと、いつも、消えることなく、自分の内側にある。誰も勝手に踏み入ることは出来ない。どこに行くこともなく、今ここにある。失うこともない。いつ、どこにいても、自分の家にすぐに還ることが出来る。けれども、今を生きていないと、その家にはたどり着けない。だから今日も、“ただいま。今帰ったよ”と深く呼吸をしながら今に戻って、自分の家に還る。愛しいわが家に。My Home Sweet Home。そこには“おかえり”と迎えてくれる家族や、愛する人たちもいる。
コメントを投稿するにはログインしてください。