サーフィン日本代表 前田マヒナさん独占インタビュー「辛い過去を、強さに変えて」(後編)

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サーフィンが競技として認められた初のオリンピックで日本代表として戦い、大健闘した前田マヒナさん。ハワイ出身の彼女は小さな頃から頭角を現し、ジュニア時代には3度もチャンピオンに輝いた。最近ではビッグウェーバーとして自分の何倍もある大波にチャレンジする姿がたくさんの人に勇気を与えている。
実力を持っている彼女でも、試合によってはボディとメンタルのバランスが合わないときもあったし、逆にそれがばっちりハマっている時も見受けられた。一般人の私たちですら毎日の気分や体調のアップダウンに悩まされているのだから、アスリートとしてバランスを保つというのは本当に大変なこと。特にそのあたりのことが聞きたくて、オリンピックを控えた7月とオリンピック後に、HONEYで独占取材を行った。前編の内容はこちら


-マヒナさんはビッグウェーブにチャレンジしていることでも知られています。大波で有名なポルトガルのナザレでも入ったとか。
ナザレにはたまたま入ったんです。行ったときにちょうど大きなスウェルが入ってたから、みんなでジェットスキーで沖に出ました。周りにうまくのせられてなぜか波に乗る流れになって(笑)。でもその経験が大きな自信につながったんです。そこからビッグウェーブに乗るためのトレーニングをしっかりやらなきゃって思いました。でも16歳から今までずっと挑戦するのを延ばしてました。毎月ある普通の試合の方に集中してたんです。長期間試合がないコロナ禍でやっと半年間、ビッグウェーブのトレーニングに集中できました。大きな波に乗るには準備が大事。ビッグウェーブ専門のトレーニングとガイダンスが必要で、甘く考えちゃいけない。私はハワイで育って、大きな波の怖さも体験してます。経験の少ない人がパイプに入ったり、ビッグウェーブを目指すのは違うと思うんです。大きい波のポイントに日本の方がふらっと軽い気持ちで入ってくることがあるんですけど、やっぱり危なくて、同じ日本人だからという理由で私がローカルに怒られることもある。だからそこも、もっと伝えていきたいと思っています。

-ビッグウェーブのためにどんな風に心と身体を整えていますか?
ビッグウェーブにチャレンジするというセルフプロジェクトを立ち上げて、ビッグウェーバーとして著名なマーク・ヒーリーさんやパオロ・リスタさんに話を聞いたり、今のコーチのロス・ウィリアムスさんやブラジリアン柔術の師匠キッド・ペリグロさんにもたくさん面倒を見てもらいました。そのおかげでこのプロジェクトは成功しました。アスリートに一番必要なものはチーム。1人では絶対に成し遂げられません。道具箱にスクリュードライバーがたったひとつだけあっても何もできないようなものです。

-怖さはないですか?
やっぱりみんな怖いと思ってます。死ぬこともあるから。でも見た目はパドルだけして波に乗って、すごくシンプル。簡単に見えることの裏にどれだけの努力があるか、ということなんです。今はトレーニングのおかげで呼吸も長く止めることができるし、転んだとしても自分のやってきたことを心の拠り所にできる。ジェットスキーの人との信頼関係もあります。目標はジョーズで入ること。今年はスウェルと風が合わなくていけなかったから、次こそ必ず行きたいです。

-ビッグウェーブに乗れたあとはいろんな自信につながりそうですね。
そうですね。あと例えば朝30〜40フィート(約10〜12m)くらいの波に乗った日に、午後ハレイワとかで10フィート(約3m)くらいの波に乗ると「あれこんなにちっちゃかったっけ?」って感じられるのがメリット(笑)。

-日本の波はどういう印象ですか?
2年前に初めて日本の波を見て、小ささに驚きました。その頃はまだメンタルが整ってなかったから、波が悪いとかネガティブなことをぐずぐず言って結局1コケ。今は波が小さくてもきちんと切り替えるられるようになりました。

-そんな日本の波で行われるオリンピックの作戦は何かありますか?
(波の)ブレイクが速いことが多いから、シャンシャンシャンって素早く動かなきゃいけない。でもそれだけじゃ点数は出ないから、大胆な動きと両方ミックスできれば完璧だと思います。今ボードもいろいろ変えてみて、練習しています。

-どんなボードに乗っているんですか?
最近はずっとエリック・アラカワさんのボード。ハワイのイメージだけど日本の波でも通用すると思っています。故アンディ・アイアンのシェイパーで、日本の試合でアンディが活躍したこともあったし。一番大切なのはエリックさんと会話すること。よく、サーフボードのこと詳しいねって言われるけど、小さい頃からシェイパーのところに行って話を聞いてたんです。コミュニケーションが大切だと思ってるから。

-ハワイ出身で最近ブラジル国籍にしたタティアナ・ウェストンウェブとも仲良しでしたよね。2人ともオリンピック出場に向けて国籍を自分で選んだと思うんですが、それについて葛藤とか、2人で話し合うことはありましたか?
今朝もタティアナと電話したばっかり(笑)。幼なじみだし、昔からすっごく仲良いんです。ここまでお互いを応援し合う関係ははじめて。オリンピックが決まった時もタティとすぐ電話で話しました。国籍のことは少し話したくらい。タティもブラジルに変えたあと少し批判的な声もあったみたい。ブラジルじゃなくてハワイアンでしょ、みたいな。だから私も同じことがあったよ、ってそれだけ伝えました。ネガティブな話題だからそんなに話す必要はなかったですね。それよりも試合について話してます。

-いいお友達がいてよかったですね。
選手同士の友達っていうのは本当に少ないんです。やっぱりみんなライバルだからかな。タティとは何回もヒートで戦ったこともあるけど、どっちかが負けても、よかったね、がんばってねってお互い声を掛け合ってました。(野呂)玲花とも同じ。彼女もお互い応援しあえる仲。前は他の選手に対してですけど「負けてほしい」って思うこともありました。それも自然なことだとは思うんだけど、今は成長してそう思うこともなくなりました。

– SK-Ⅱのキャンペーン「VSシリーズ」では“こうあるべき”というルールに立ち向かうマヒナさんの姿がアニメーションで描かれていましたよね。
私の人生とみんなの知らないネガティブな気持ちを、きちんと描いてくれました。私はハワイで生まれて日本の国籍も持ってる。ハワイにいる時には日本人じゃんって言われて、日本に来るとハワイアンじゃんって言われる。ど真ん中にいるんです。でもアイデンティティを2つ持ってる私だからこそ、運命を変えられるというメッセージをSK-Ⅱが伝えてくれました。どちらかをひとつ選ぶ必要はないよって。日本は少しオールドスクールなところがあるから、日本人であっても女性であっても自分でルールは作れるんだということを伝えたいです。映像はこちら

-心が崩れると身体も崩れたり、逆もまたしかり。女性としてもそこのバランスは大事だと思うんですが、それをどうキープしているのか、極限のところで戦っているアスリートに聞きたいです。
ひとつのことを強く願いすぎたり考えてばっかりいるとネガティブなほうに行っちゃって、逆効果だったりしますよね。例えば「痩せたい痩せたい」って思いすぎると食べることがストレスになっちゃったり。でもいつもハッピーでいれば、なんでもうまくいく。私は今も毎日、ローな時も、いい状態の時も、普通の時も「なんで自分は今幸せを感じているか」って自分自身に問いかけるんです。Why am I happy?って。そこでI am Happy “BECAUSE……”ってリストを頭の中に作る。

-それはメンタルトレーナーに教えてもらった考え方ですか?
これは自分で見つけた方法なんです。どうしたら自分はハッピーなのか、そのリストさえ作れればいい。私は幸せ!って言ってもその言葉にはたくさん意味がありすぎる。だから自分なりの理由を探す。I am Happy BECAUSE ……私には最高のチームがいる、ベストフレンドがいる、最高の場所に住んでいる……って細かく考えるといろんなことが挙がってきて、あ、やっぱり悲しい気持ちは無意味だ、と思えるようになるんです。自分が幸せだと周りも変わっていきます。素敵な人に出会えたり、新しいことが舞い込んできたり。ネガティブだとネガティブなものがついてくる。

-今後のキャリアについて、考えることはありますか?
そうですね、いろいろ考えてます。でもわたしは少し考えすぎちゃう方だからあんまり考えないほうがいいなって思ってて。これまで過去と未来のことを気にしすぎてたかな。そのことでエネルギーを使いすぎてたと思うんです。今を大事にすることの大切さに気づきました。ジュニアの頃、何度も優勝してたんです。なんでかって、子供だったからそんなに考えてなかったんじゃないかな。大人になるとつい考えすぎちゃう。考えないほうが逆にうまくいくんだと思うようになりました。


〈オリンピック後のインタビュー〉

-オリンピック出場、おつかれさまでした。率直な感想を聞かせてください。
今回のオリンピックでは自分の思うような結果が出せず残念です。でも、良いことも悪いことも多くの経験ができたと思います。

-今回の経験がどのように次につながると思いますか?
気持ちやメンタルの調整は今後につなげたいと思っています。今年はCSがあるので気持ちを切り替えてクオリファイできるようにがんばります。

※CS=チャレンジャーシリーズ。このツアーで上位に入れば次の年のCT入りが決まる。
女性として、アスリートとして、強さが魅力のマヒナさんの今後の活躍に期待したい。CTに必ずクオリファイできることを信じて。

text:Alice Kazama

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