
これまでなんとなく海外に目を向けがちで、他の国の素敵なカルチャーやマインドを積極的に取り入れようしていたところがあった。しかし様々な価値観が変化したいま、どこにも行けない中でふと自分の周りを見渡してみると、忘れかけていた日本の良いところが際立って見えてきた。そうだった。この国には昔から大切にされてきた丁寧な暮らしがあり、繊細な芸術があって、温かみのある手仕事と、粋な職人技もあった。そのどれも最高におしゃれな文化で、しかもほとんどがエコフレンドリーかつサステイナブルだったことに改めて気づかされた。温故知新、原点回帰。今求められていることは、これかもしれない。伝統を受け継ぎながら、現代における価値を見出して再解釈しリバイバルさせようと奮闘している人たちもいる。ニッポンの伝統の素晴らしさを、もう一度見つめ直したい。
A New Tradition
Ai-zome
{藍染}
in Between Blues/徳島
持続可能で、自然にも優しい最強のオーガニックコンテンツ
日本を象徴するジャパン・ブルー。江戸時代の庶民がこぞって藍染の服を愛用して、町が藍一色だったため海外からこう呼ばれていたとか。藍の生産量日本一の徳島から阿波の商人によって全国に広まったそうだ。現代でも当時と同じように徳島から世界に向けて発信する伝道師がいる。海部郡海陽町のオーシャンビュー藍染スタジオ&カフェ「in Between Blues」をプロデュースする永原レキさんだ。フローサーファーとしてオーストラリアやニュージーランドを旅していた彼は、海外で出会うサーファーたちがオーガニックな暮らしや環境活動を率先して行うのを目の当たりにし、帰国後自分もそう暮らしたいと思っていた。そんな折、地元海陽町の天然藍染と出合う。「旅をしていたとき、ホームシックになると水平線を見ていました。地元の景色を思い出して元気になれたんです。海と空が繋がる場所、世界と自分のふるさとをつなぐ水平線。濃淡のある海のブルー、空のブルー。藍がまさに同じブルーでした」。永原さんは自身のサーフィン・ネットワークを駆使して、世界中に環境保護と伝統を伝える活動をしている。藍染をより地球に優しいものづくりの大切なカルチャーとして。「今たくさんの人が食べる物を気にしているように、着る物にも意識してほしいです。水の環境、土の環境を守るにも天然染色がベスト。サーファーのコネクションが地球をもっと良くすると信じています」。
藍染のファブリックをサーフボードに取り入れた「空海藍Surfboard」。四国のお遍路文化の基盤を作った空海が、悟りを開いた時に見えた景色「空」と「海」を藍で表現するボードは303 SURFBOARDS
–{スタジオからは見渡す限り青しか見えない}–
in Between Bluesのスタジオからは、見渡す限り青しか見えない
ショップでは衣類やグッズだけでなく、オーガニック藍入りのスイーツも楽しめる
染色作業をする永原さん。海外からの旅行者や、地元学生が藍染体験の課外授業で訪れるコミュニティスポットともなっている
地元は自然豊かな海陽町。海から陽がのぼる場所