
漆(うるし)と聞くと何を思い浮かべるだろう。お椀やお皿、鈍い色、渋さ、滑らかな感触……漠然としたイメージは持っていて、日本を代表する伝統工芸ということは認識しながらも、漆が何からできていて、どんな性質のものか知る人は少ないかも知れない。その出荷率がすごいスピードで減少していることも。
この事態を危惧するのは京都で100年続く漆屋、堤淺吉漆店の4代目の堤卓也さん。大好きなサーフィンを通じて漆の可能性を広げられないかと考えた結果、URUSHI × ALAIAプロジェクトを立ち上げた。
丸太を削って作られる原始的なサーフボード「アライア」に、縄文時代から使われている原始の塗料「漆」を塗る。パートナーとなったのはアライア復興の第一人者、トム・ウェグナーだ。SHIN&CO.の青木真さんがこのプロジェクトのプロデューサーとして、2人を繋げた。
ナチュラルな素材からハンドメイドで作られた漆のサーフボードを通じて、自然との繋がり、循環、ひいては環境問題を考えるきっかけになれば。そんな3人の想いは2年越しでかたちとなり、フィルム『Beyond Tradition』が完成。視覚から日本のみならず世界に向けてメッセージを発信した。サステイナブルな伝統を次世代につなごうと奮闘する、堤さんにインタビュー。
水との相性がとても良い漆。サーフィンではテイクオフもスムーズ、スピードもものすごく出る
–{漆(うるし)を通して環境問題にアクセス}–
漆(うるし)を通して環境問題にアクセス
「漆は木の樹液からできています。木に傷をつけて、そこから滲み出る樹液を採取する。この木は自生することが難しくて、人が手をかけてやらなきゃいけないんです。木を植えて、育てて、いただいて物を作る。漆を使った工芸品は手入れをして大切に使えば、世代を超えて長く使えます。循環型の、まさにサステイナブルな伝統工芸。自然への敬意を払い、漆の木を、文化を繋いできた。環境問題に向き合うのはもう当たり前の行為として、それをどう楽しくみんなとやっていくかというところにフォーカスしたくて。工芸とかの枠を超えて発信できたらなと」
おじいちゃんの、優しい記憶
「僕が幼い頃、おじいちゃんが楽しそうに漆を触っていた記憶があります。そこには何か特別な愛情みたいのがある気がしていました。漆は接着剤の役割もするので、おじいちゃんが僕の壊れたおもちゃをそれで直してくれたりするんです。なんでも直しちゃうから、まるで魔法使いみたいだった。僕自身は漆屋を継げ、とかは言われていなくて、畜産をやるために北海道の大学に通って、そのうちにニュージーランドにも行き、人と自然が調和する暮らしを体験しました。でも、そんなおじいちゃんの記憶があったからなのか、自然と漆の世界に戻っていましたね」
「木を植えるところからがものづくり」と堤さん。最近では漆の植樹活動にも精を出している
–{海と山をつなぎたい}–
海と山をつなぎたい
「自然の中にあった素材を人が手仕事で生活に取り入れ、文化になってきた。僕たちの生活は森から作られてきたわけです。工芸に触れることでもっと自然に近づけるのかなって。工芸の世界と海。山と海。一見関係なく感じるけど、広い視野で見ると実はすべて繋がっている。今後は、トムさんたちと新しいプロジェクトも考えています。プロジェクトに賛同する方に出資をしてもらって、アライアの原料となる桐の木と漆の木を同時に植える。15年後、木が育ったら、その木で作った漆アライアを出資者に贈る。子供へのプレゼントとしてもいいかもしれないですね」
効率化はできないから
「工芸って結局、“小さいものづくり”なんです。効率化をいくらしようと思ったって、自然の原料と手仕事ではたくさんは作れない。この小さな暖かい輪がないと繋がらないんです。それを大きい輪にすると、きっとどこか無理が出て、ひずみが生じてしまう。小さい輪がたくさん集まって、より良い世界を作れたらと思っています」
生漆は空気中の湿気を取り入れて固まるから、塗膜に水分を保っている。硬いのに柔らかい、冷たいのにあったかい、不思議な心地良さ