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オアフ島のサーファーガール「Tiara Bella」アナザーストーリー|サーフィンと音楽のポジティブなパワー

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HONEY Vol.30「サーファーガールのおうち時間」では、世界中のサーファーガールがこの風変わりな1年をどのように過ごし、どうやってポジティブなマインドを保っているかをインタビューした。ハワイ・オアフ島からは音楽の講師を勤めるティアラ・ベッラが、外出規制の時期にハマったサーフィンに対する想いを語ってくれた(ハワイでは、海のスポーツは許されていた!)。誌面では伝えきれなかった彼女のポジティブな言葉をここでご紹介。


ハワイの歴史とカルチャーは音楽なしでは語れない。ウクレレやフラは彼女のアイデンティティのひとつになっている

–{普段の仕事について}–
―――普段の仕事について教えて
「コロナでハワイの学校が閉まる前はサンセット・エレメンタリー・スクール(ノースショアのパイプラインの目の前の小学校)で音楽の先生をしていたわ。残念ながらハワイ州はまだ学校が再開していないの。通常の授業はオンラインで受けられるんだけど音楽はオンラインクラスがないから、生徒たちに会えなくて寂しい。生徒の中にはプライベートレッスンを申し込む子もいるから、ときどきウクレレをマンツーマンで教えたりしてるわ」

―――音楽一家だと聞いたけど、どんなファミリー?
「お父さんはプエトリコ系でニューヨーク出身、お母さんはフィリピン出身。お父さんはバンドのドラマーとしてハワイに来たの。その時ショーに出てたフラダンサーの1人がお母さんで、それが2人の出会いよ。兄弟は全員で6人。その後音楽プロデューサーになったお父さんと、歌の才能もあって歌手になったお母さんは、シェラトンワイキキホテルで“Love Notes”という観光客向けのミュージックショーをスタートしたの。月曜から土曜まで毎日公演してたわ。叔父や叔母に加えて親戚が何人かと、姉のジェイミーも出演してた。弟のブルーノも3歳からその舞台でエルヴィス・プレスリーのモノマネをしてたわ。そうやって小さい頃から音楽に囲まれながら育ったの。みんながショーをしてる間は、目の前のビーチでよく過ごした。だからワイキキは私と家族にとってゆかりが深い、思い出の場所なの。ブルーノは自分の才能を信じて今の成功を収めたし、他の兄弟もそれぞれ忙しくしていてなかなか集まれないけど、私たちは今でもみんなすっごく仲良しよ」


観光客がいなくなったワイキキビーチは、本来の水の透明度と砂浜の美しさを取り戻した

–{パンデミック中のハワイの状況}–
―――ハワイは、パンデミック中どんな状況だった? ティアラ自身は?
「パンデミックではたくさんの人が悲しく辛い思いをした。それには私も胸を痛めているけど、個人的にはポジティブな側面もあったわ。今まで普通にできていたことができなくなって、昔の自分に戻れたの。ビーチまでクローズしたとき、ハワイ州では唯一海の中のスポーツが許されていた。それで私は小さい頃にしていたサーフィンをまた再開することにしたの。家で眠っていた、友達のミーガンが数年前の誕生に贈ってくれたサーフボードを取り出したの。それから毎日のようにワイキキへ通ったわ。心の底からサーフィンへの感謝の気持ちと尊敬が溢れた。コロナの影響で世界がこの世の終わりみたいにどんよりとしている中、私はこんなに美しいワイキキでサーフィンできている。なんて幸せな環境なんだろうって。ワイキキビーチは家族がミュージックショーをしていたシェラトンワイキキホテルの目の前だから、すごくノスタルジックな気分になるの。ワイキキは私にとって大切な場所だということが再確認できた。あと、パンデミック前にはフラのスクールに通ってたんだけど、クラスもクローズしちゃって大好きなフラを踊れないことが残念でしかたなかった。そんな矢先に親友のケリア・モニーツからフラを教えて欲しいって言われたの。前から何度か言われてたんだけど、いつもお互い忙しくて同時期にハワイにいることがなかった。だからみんながホームに集まってるこの機会が絶好だと思って、外出自粛が解除された後は女性だけでフラを楽しんでたわ」


ケリア・モニーツの母、タミーと。ロックダウン中はどこのポイントもローカルだけで貸し切りだった

―――音楽活動は他にしていた?
「学校で音楽を教える前は、ノースショアに住む妹の子供やノースショアのコンテストのために来るプロサーファーの子供たちに向けてウクレレクラスを開いていたの。タミー(ケリア・モニーツの母親)のアイデアで、2人でスタートしたのよ。その頃タミーが『I love Hawaii 』っていう曲を書いたの。この曲には何かエネルギーが足りないから、あなたがラップのパートを考えてって言われて担当した。曲が完成すると、ウクレレ教室の子供たちを連れてハワイで有名なプロデューサーのスタジオでレコーディングをして、ミュージックビデオまで撮影してたのに、なぜかリリースできていなかったの。そこで、タミーがこのパンデミック中に『今こそあの曲を発信するときじゃないかしら』って声をかけてくれた。ロックダウンで大切な人と会えなかったり孤独や将来の不安を抱える人たちがいる中で、この歌は私たちがハワイで育ったこと、ここに住んでいることの喜びや、ハワイの伝統の中で今を生きる子供たちのポジティブなイメージ、ハッピーなエネルギーを伝えたかった。それと、子供は未来の宝物だから守らなきゃいけない、っていう今の私たちに必要なメッセージも込められているの。10月10日に歌とMVをやっとリリースすることができたわ。数年前にお母さんが亡くなってから、タミーが第2のお母さんのような存在で常に私を導いてくれてるんだ。音楽のキャリアを目指してLAに数年住んだ後、ハワイに戻ってきて何をしようかと途方に暮れていた私に、ウクレレクラスの開講をプッシュしてくれたのも彼女。音楽の先生になるきっかけを作ってくれた人なの」

–{現在のサーフィンライフ}–
―――現在のサーフィンライフについて教えて
「私はいつも親友のケリア・モニーツたちとサーフィンに行ってる。ワイキキにはステキなロングボーダーやレジェンドがたくさんいて、みんな私のコーチをしてくれるの。『ティアラ、この波いいからGO!』とか『次の波ではもっと足を曲げてみて』とかアドバイスをくれるのよ。しかも上手なサーファーの写真を撮りに来てるウォーターフォトグラファーが私の写真もついでに撮ってくれるの! 別に私はまだ上手じゃないからケリアたちみたいなかっこいいショットはないけど、いつも楽しそうにサーフィンしてる自分の姿を素晴らしいフォトグラファーに撮ってもらえてるだけで最高に幸せだと思ってる。ケリアの家族の『モニーツ・ファミリー・サーフ』が初めてスポンサーになってくれたし(笑)、なかなかいいスタートを切れたんじゃないかな。他のスポンサーさんからのオファーも大歓迎よ(笑)! 」


「MONIZ FAMILY SURF」と書かれたTシャツは、モニーツ家のファミリーメンバーの証


Tiara Bella
プエルトリコ系アメリカ人の父とフィリピン人の母を持つ。音楽を愛する大家族の中で育ち、現在は小学校で音楽の講師をしている。フラやウクレレも得意。弟は歌手のブルーノ・マーズ。
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