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五十嵐カノア選手を育てた、母・ミサさんに聞いたチャレンジする大切さ

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―そんな秀才なカノア選手も挫折の経験などはありましたか?

性格的にはポジティブなので、挫折という言葉が当てはまるとするなら、14歳の頃にオーストラリアでサーフィン中に足を骨折したときですかね。リハビリしている頃は「早く治して海に戻りたい」という気持ちが強かったので、そこまで落ち込んではいなかったんです。

でも、なんとか先生に許可を取って松葉杖をつきながら、不完全なままですがサーフィンしたときは、全然できなくてガッカリしていました。海から上がってきたときも「早く帰りたい」と言っていて、その後も数日間サーフィンに行こうとはしていませんでした。

―そんな様子のカノア選手をミサさんは、どのようにサポートされたのですか?

落ち込んでいるときに、言ってはいけないかな……とは思いつつ「人生は長いようで意外と短いから、落ち込んでいる時間はもったいないよ」と伝えて、今できる違う目標を与えました。プロになって海外を飛び回りたいなら、早く学校を卒業しなければいけないから、そのために今たくさん勉強をすることも、プロに近づく一歩だよと。

―その後怪我や体調不良に悩まされているイメージのないカノア選手ですが、タフな身体を作るために食事で気を付けていたことはありますか?

旅行や遠征に行っているときは外食ばかりなので、家にいるときカノアが好むのは手料理なんです。だから、オーガニック食材を中心にした料理を作っています。

そして、意外とヴィーガン料理が好きで。お肉など食べないわけではないのですが、ヴィーガンレストランに食事へ行ったり、ミルクもアーモンドミルクにしたりしています。他にも炭酸ジュースやファーストフードなど、ケミカルなものは避けているかな。日々の食事で身体は作られていくから、安心感のある食事を心掛けることは大切かもしれませんね。

―最後にオリンピック選手を育てたミサさんが、将来を迷っていたり、頑張っている最中の若い方に向けて、伝えたいことはなんですか?

失敗を怖がらないことですね。それを避けていては、先に進めないじゃないですか。ネガティブなことばかり浮かんで、やらない理由をたくさん考えてしまうと思うから。失敗するのは全然かまわなくて、失敗した先に成功があるんだということを覚えておいて欲しい。だから、とにかく失敗をして欲しいです。そこから、調整して次に進めばいいだけだから!


profile
五十嵐 ミサ
東京出身。姉と共に始めたサーフィンに魅了され、留学などを経て1995年にLAへ移住。プロサーファーとして活躍し、2021年東京オリンピックにてサーフィン競技日本代表・銀メダリスト、五十嵐カノア選手の母。

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今回のインタビューはwith HONEYレギュラーメンバーのプラン「編集部が答えるお悩み相談会」によるオンライン配信を一部抜粋したものになります。事前質問応募の中から、抽選で選ばれた3名の方の質問を基に校正しております。インタビューのアーカイブ配信をご視聴希望の方はwith HONEY レギュラーメンバーへご登録下さい。


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