今日も地球のどこかで、海の奴隷たちが……|地球の今、海の今を知るVol.49


たとえばスーパーで何気なく買っているシーフード。どれにしようかなと、活きの良さや旬、プラスチックパッケージに書かれた海や地名などをチェック、もしくは値段で即決してみたり? 原形が分かるならまだしも、すり身になってMIXされた加工品や缶詰、シーフードミックスともなると、具材一つひとつの産地や背景を知ることもなく、「便利だから」と頻繁に食卓に登場することも。ファーストフードやファミレス、居酒屋、コンビニ、いやきちんとしたレストランや鮨処、回転する棚から好き放題に選ぶときでも、いちいち食材の産地や生産過程を気にするなんて、というより背景を知る術すらもない。そんな日常が当たり前な日本だけれど、よく口にするシーフードが、海の豊かさを奪い続ける過剰・違法漁業、または「海の奴隷たち」が血や涙を滲ませて捕ったものだと知ったなら……。

東南アジアの夜の街、ふらりと出かけたつもりが気がつくと陸地も見えない遠い遠い洋上を行く船の上。ここがどこかも分からない、下船も逃亡もできない洋上で、家族との連絡手段もなく、毎日過酷な労働を強いられて、ろくな食事や睡眠もとれずに衰弱していく精神と体。そのまま餓死する人、息はあってもゴミ同然に海へ投げ捨てられる人、船長の意に背いて殺される仲間たち。そんな絶望的な船上地獄に閉じ込められて5年、7年、12年……今日も地球のどこかで、こうした海の奴隷たちが私たち先進国のシーフードやペットフードのために働かされている。その衝撃の事実と、奴隷の救出・撲滅に挑む活動家たちに密着したドキュメンタリー映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』が、今月5月28日より日本で公開されます。

初めて試写を鑑賞したとき、船上で繰り広げられる悪夢のような日常に何度も目を覆いたくなり、その上に奴隷船が非道な違法漁業を繰り返していく様子……「私たちはこんなシーフードを簡単に口にしてきたのか」と、物語が進むほどに胸が張り裂ける思いでいっぱいに。現在、遠洋漁業に乗船する海の奴隷は数万人以上と推定され、作品名の「ゴースト・フリート」とはそんな奴隷を乗せた「幽霊船」のこと。劇中ではそこから救出された人たちの胸中、奴隷解放に人生をかけるパティマ・タンプチャヤクルさんらのひたむきな姿にも、心を動かされます。本作の舞台は世界有数の水産大国タイですが、日本はタイの水産物を世界で2番目に多く輸入し、知らないうちにこうしたシーフードを口にしている国。今回は、そんなメッセージを日本に届けようと配給に踏み切ったユナイテッドピープル代表の関根健次さんに、配給への思いや作品の見どころなどを伺ってみました。


──まず、本作の配給に至った経緯を教えてください。

関根さん(以下略) 本作は2018年にアメリカで公開され、最初に予告編を見たときの衝撃からずっと気になっていた作品でした。調べてみると、奴隷は今でも世界に4000万人以上も実在するようで、それはシーフード産業をはじめ、農業や採掘といった現場、性奴隷など、分かっている統計や状況すらも氷山の一角かもしれない。まず何よりも「この現代においても奴隷が存在する」という驚きと問題の深刻さを、今作では非常にリアルに感じたんです。劇中で追っているのはタイの奴隷船ですが、そこにはタイ人だけでなく、ミャンマーやベトナム、ラオス、インドネシアなど各地から仕事を求めてやってきた人たちが、気づいたら海の上に閉じ込められ、もう二度と船から降りられないという過酷な現実。主人公のパティマ・タンプチャヤクルさんは、こうした奴隷を救出し撲滅するために命の危険を顧みない航海へと出航していくわけですが、彼女はこれまで5000人以上の奴隷を救い出してきた活動家で、その功績を認められて2017年のノーベル平和賞にもノミネートされています。

「海の奴隷」と聞いてもピンとこないかもしれませんが、実は我々も決して無関係ではない、むしろ1位のアメリカに次いで、日本は世界で2番目にタイ水産物を輸入しています。ツナ缶やエビ、養殖用の魚粉など、さらにキャットフードは約半数がタイ産という実情もあり、奴隷船で獲られても「クリーンな魚です!」と偽装されて世界中に流通している。他国に限らず、つい最近は熊本県でもアサリの産地偽装が発覚したり、そうして知らず知らずのうちに問題のあるシーフードを口にしている可能性は大いにあるわけです。この作品を通して、まずは奴隷と私たちとの関係性を知ってもらえたらと思い、配給を決めました。

──本作はシーフードにフォーカスされていますが、先進国の消費を支えるための奴隷や強制労働などは魚介に限らず、他の食材やファッション、製品の原材料などさまざまな分野でも同じ仕組みが見受けられ、本作はそうした社会構造の非情さもまざまざと突きつけられ考えさせられた気もします。

そうですね。グローバリゼーションの闇というか、生産地と消費地が非常に遠い現代は、作り手と買い手、その流通に関わる人たちも分業化されすぎて、繋がりもきちんと把握できていないんですよね。本作が象徴するように、その最先端で働く漁業従事者や鉱山労働者、農地などで働く人たちの実情は本当に見えづらい。でも彼らのような存在を可視化するために、報道やジャーナリズム、こうしたドキュメンタリー映画の役割があると思うんです。やはり知らなければ何ごとも変えられないので、入り口はシーフードからでも、パーム油からでも、ファッションやプラスチック問題からでも、まずは現実を知って、だんだんと社会・経済システムといった構造的な問題に気づいていけるといいのかなと思います。

そもそも今の社会は「行き過ぎた資本主義」という側面が否めず、特に20世紀以降は、「地球の資源は無限にある」という感覚で、GDPや売り上げを上げるためならどんどん開発をして自然資源を採って商品を作って儲けよう、と。けれども地球の資源は無限なわけもなく、「成長の限界」ということもすでに1970年代から騒がれてきて、もう半世紀もずっと「成長の限界、成長の限界……」と叫ばれてきたのに必要な社会転換は未だに起きていない。だからこそ気候変動といった問題が顕在化していると思うんですね。そんな時代に、映画を通していろんな課題や社会問題の側面を伝えることで、世界を立体的に見ていただきたいなという思いで配給を続けています。

──ユナイテッドピープルさんはこれまでにも、さまざまな環境問題や社会問題に鋭く切り込む作品や、本質的で前向きな解決策を考えられる作品などを数多く届けてくださり、まさに「世界を立体的に見る視点」を養わせてもらっています。

ありがとうございます。僕自身は、問題そのものについてはあくまでも冷静に捉えて分析して、「こういう問題があるよね」と理解を深めながらも、「行動は楽観的に」という意識を心がけているんです。確かに世の中には深刻な問題がたくさんありますが、僕は「人間が作り出した問題は、人間自身が解決できる」と信じていて。いま見えている世界の課題だって、ほとんど人間が作ったものですよね。だったら我々自身が工夫して、いろんな分野の人たちが知恵や力を持ち寄れば解決に向かえると思うんです。

ユナイテッドピープルとしては映画作品を届けながら、僕自身も一つの方向性として「買わない生活」をなるべく実践してみているんです。それこそ野菜を作ったり、種も極力買わず、前の年に採った種を蒔いたり、海の幸も完全自給とまではいかないけど、魚介や海藻も自分で獲ったり。現代社会って「お金さえあれば何でも簡単に買える」からこそ簡単に捨ててしまえるし、物や命への感謝にしても、お金を介在してしまうと「買えて当たり前」という感覚が染み付いてしまう。でも自分で一からやってみると、食べ物を育てるにはものすごい労力が必要で、水や栄養、太陽だって欠かせないし、魚を獲ったら必ず命を殺さなければならない。そうなると「買う」という行為ではなく「いただきます」の世界観になるんですよ。「生命をいただく」という感覚を子供の教育現場からもっと当たり前に体験できれば、モノや命を無駄にしない「もったいない精神」を持つ子供たちが大人になって、そういう人たちがつくる社会って無理や無駄のない、自然への感謝を持った人々が創る社会になると思っていて。そんな提案も込めて、以前『もったいないキッチン』という映画を制作したり、本作のように、ある映画を一つ世の中に投げかけて、「この問題、どう思いますか? どうやったら解決できるでしょうか?」という問いかけや提案をしていきたいと思っています。

──大切な問いや提案を投げかけながら、「アクションは楽観的に」という姿勢はとても心に響きますね。今作はシーフードがテーマですが、この問題を知ってできるアクションや提案があれば、最後にぜひ聞かせてください。

まずはこうした奴隷船や違法漁業の存在を知って、「じゃあ、そうでない安全なシーフードって何だろう?」と関心を持つことが大切なアクションだと思います。たとえば背景が分かるもの、海の生態系や人権などに配慮されたMSC認証を取得したシーフード、それを扱うレストランなどを積極的に選択したり。そうした一人ひとりの意思表示が社会の雰囲気、国や企業に反映されて、適切な法整備に繋がったりもしますから。あとはスーパーや食事処でも「MSC認証のシーフード、ありますか?」と尋ねてみる。そういう人が増えるほどお店側も「あれ、なんか頻繁に聞かれるな~」と仕入れを検討し始めるかもしれない。企業やお店側はお客さんが求めるニーズに合わせて変化していくので、その雰囲気作りってすごく重要なんですよ。そしてその雰囲気を作るのは結局、一人ひとりの言動や力。なので今作を見て関心を持った一人ひとりから、「社会を作る側」として前向きなアクションを起こしてもらえたらと思っています。


©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』
公式サイト
5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
配給:ユナイテッドピープル
90分/2018年/アメリカ

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