Listen to the True Nature/生物学者に聞いた、地球の危機と、これからのこと

こんなにも麗しく、生命輝く海をたたえる地球。38 億年も昔、この海で誕生した最初の原始生命が、今のすべてをつなぐ原点。その旅路には途方もない生命進化のステージを繰り返して紡がれた、地球の美しき物語がある。けれどその本当の姿を、自然や生命のふるまいを、私たちはほとんど知らない。自然の一部である私の、真の姿すらも。日本を代表する生物学者、福岡伸一ハカセとともに、自然と生命の真実が語りかけてくる声に今、そっと耳を澄ませたい。


Q. 一度壊れた自然は、どうなるんですか?
A. 自然を壊すのは一瞬ですが、復元するのは大変です

人類はこれまで見境なく自然を痛めつけてきましたが、壊すのは一瞬でも、元に戻るまでには何百年、何千年という長い年月がかかります。ビーチを例にみても、自然の砂浜や土手があることは生物や幼虫などが生育するのに必要不可欠ですが、現代はそれらもコンクリートで塗り固め、護岸工事の広がりによって日本の海岸から自然の浜がことごとく消え、海岸の生態系も著しく崩れてしまいました。川の上に遊歩道を作り「緑化運動」と謳うケースも見かけますが、川の流れを光から遮断すると水中の植物プランクトンが生育できず、それを餌とする生物も減ってしまう悪循環に陥ります。廃棄物にしても本来は長い時間をかければ微生物が少しずつ分解して元の有機物に戻してくれますが、これだけ大量に作り出してしまうと処理できない。絶滅した生物は当然、元には戻りません。自然には復元力があるとはいえ、その力は決して万能でも無限でもない……私たちはそのことを肝に銘じなくてはなりません。

Q. 二酸化炭素は、何がいけないんですか?
A. 炭素の量は太古から変わりません、バランスの問題です

気候変動の原因として悪者扱いされる二酸化炭素ですが、決して悪者でもゴミでも毒でもなく、むしろ植物の光合成をはじめ、健全な地球にとって欠かせない元素の一つ。そもそも地球に存在する炭素の総量、水や窒素の総量も、どれも太古の昔から変わっておらず、それがさまざまな生物や環境の一部になりながらぐるぐる循環しています。石油や石炭も元は動植物に蓄積された炭素で、地中深くに眠っていればそれで良かったものの、人間が大量に掘り起こしてはどんどん燃やすことで二酸化炭素が大量に放出され、本来は循環するはずが大気中に多くが滞ってしまった。二酸化炭素は植物だけが元の有機物に変えてくれるんですが、その吸収源となる植物や森林は減り続けている、なのに地中からは炭素をどんどん掘り出してバンバン燃やしている、つまりインプットとアウトプットの均衡が乱れているわけです。気候変動は二酸化炭素が悪いわけではなく、人間活動がバランスを大きく乱したことが問題なんです。

Q. 人間って、地球にとってどんな存在?
A. 一番の新参者で最凶最悪、先々は退場になるかも!?

ホモサピエンスが現れて約20万年、これは38億年という地球の生物史からすれば一瞬のことで、人間は進化の最後に登場した「新参者」。他の生物からすると一番地球を困らせている最凶最悪の種といえます。本来なら一番の若手としてもっと謙虚であるべきですが、地球の支配者かのように我がもの顔に振る舞って、メチャクチャに荒らしている。人間の手がここまで及ばなければ、地球はどこも「生命の楽園」であるはずなんですよ。それでも人類が生物として地球上に現れた以上、自然のバランスを乱さなければ地球に存在する資格がありますが、そうでないなら地球から退場するしかない。かつて退場させられた生物は実際にいて、例えば恐竜やアンモナイトのように、一時期に大繁栄を遂げたものの、バランスの乱れを生じた結果、急速に絶滅する形で地球から退場させられました。人類もあまり横暴な振る舞いを続けていると、何らかの災害や食糧難などによって退場させられる可能性もあり得ると思います。

Q.「 大絶滅の危機」ってホントですか?
A.「 動的平衡の流れ」には誰も逆らうことはできません

「6度目の大絶滅」という警鐘が鳴り響くほど、人間の経済活動は地球環境を破壊的に変え、生物の多様性も大きく崩してしまった結果、速いスピードで種が絶滅していること、そして人類はこの責任を取らなければならないことも確かです。地球には過去5回の大絶滅がありましたが、別の角度から見るとそれによって生態系がいったんリセットされ、新たな生態系が立ち上がるきっかけを与えました。恐竜の時代が終わり、哺乳動物の時代が来たことによって人間も現れたわけで、さらに何万年か後には、人類は絶滅していないとしても、もう「主役」ではなくなっている可能性は大いにある。生命の進化史からすると「大絶滅」もある種の必然で、時々リセットが起きることも自然現象の一つ。それは「動的平衡の大きな流れ」であり、自然界で起こる崩壊も、絶滅のスピードも、誰にも止めることはできません。人類はその中で精一杯、地球のことを考えて暮らしながら、あとは流れに任せるしかないと思いますね。

Q. 害のある生物を排除すれば解決しますか?
A. みんな大切なプレイヤー、自然界に悪者はいません!

害虫に害獣、ゴキブリやウィルスなどを忌み嫌う、これは人間が一方的に「良いか悪いか」を決めつけているだけで、彼らも何らかの役割を果たす地球環境の一員。自然界には不必要な存在はいないんですよね。たとえ海でオニヒトデが大発生して、サンゴ礁が広範囲に食べられても、オニヒトデはサンゴ礁の破壊と再生という動的平衡の流れに必要な1 ピースとしてそこに在る。これは他の害虫や害獣も同じで、「そいつだけをやっつければいい」と排除することは効果が限定的で、駆除しても駆除してもキリがない。反対に、絶滅危惧種だけ、特定の種だけを保護したり人工繁殖したりするのも、守りたい種以外の生物に負担をかけたり、別の環境破壊を招いたりして、極端に走りすぎると生態系全体のバランスを崩してしまうことが多いんです。あらゆる生物が地球の1 プレイヤーとして存在するので、「この一種だけを駆除・保護・繁殖しよう」とするより、全体の大循環という広い視座に立つことが大切です。

Q. SDGsやサステイナブルで地球は救える?
A. 地球環境をロゴス化、細分化して考えるのは間違いです

SDGsやサステイナブルと謳われる提案や環境問題の捉え方も、ある部分だけを切り取って狭い視野で進めている印象があり、駆除や保護と同じく、局所的な利益が全体の不幸になっている場合が多々あります。SDGsは「17の目標、169のターゲット」を掲げ、海は海、陸は陸、さらに細かく分類していますが、その時点で大きな間違いです。私たちはロゴスによって自然を単純化して分け隔てがちですが、海・川・森に境界線がないように、本当はすべてが繋がっていることを常々考えなくてはいけない。物理的には離れて起こっているようでも、生命は全体が相互に共鳴し合い、時間軸も動植物が昨日今日で作られたものではなく、38億年かけて積み重ねてきた「生命の歴史の結果」として今ここにある。環境問題は個人でできることに限界があるからこそ、政府や企業、作り手側がもっと俯瞰的な視点で、「すべては循環の中を巡っているんだ」という大きな物語に向き合って考え直さないと、と感じますね。

Q. 自然は、科学でどのくらい解明されている?
A. 現代の最新科学でも、分からないことだらけです

これほど発展した最先端科学でも、地球環境についても生命についても分からないことだらけです。分からないことがどれくらいあるのかも分からない、解明できたことが全体の何割かすらも分からない。それを、机上の空論で自然の摂理や因果関係を単純化して、今では「問題はすべて科学技術で解決できる、何でもかんでもコントロールできる」という驕りが広まっていますが、自然とは不確かで不安定で、気まぐれで制御不能なもの。人間が分かったつもりで制御し、所有し、介入しようとすれば必ずどこかにツケが回り、部分的に何かを変えても計算通りにうまく行くはずもない。むしろ動的平衡に負荷を与えて流れを乱し、全体に歪みやダメージが波及してしまいます。人間が知り得ていることなんてごくごくわずか。だからこそ自然はコントロールできないと謙虚に弁え、自然を正しく畏れること。そして自然本来の循環が滞りなく発揮できるよう、それを阻害している人為的な要因をなくしていくほうが重要です。

Q. 美しい地球を残すためにはどうしたら?
A. ピュシスの歌を聴き、一番身近な自然=自分も大切に!

海や山に行き、ピュシスの歌に耳を澄ませる、その体験の中で驚きや感動を重ねることはもちろんお勧めですが、遠くへ出かけずとも、一番身近にある自然とは「自分自身」です。呼吸をする、心臓がドキドキする、身体が温かい、脈打っている、食べる、消化する、代謝する、酸化する、細胞が分裂する、循環する、排泄する、眠る……そうして「今ここに自分が生きている」という自然のリズムに耳を澄ませて、自分と他の生命との繋がりに気づいて感謝をする。そこから考えを広げて、地球のバランスや循環を乱さないように、欲張らず必要なぶんだけをいただく、環境や人体への安全性が信頼できるものを選ぶなど、人間も等身大な暮らしに戻していけるといいですね。そもそも「自然としての身体」も動的平衡の上でバランスが成り立つもの、それは海も地球全体もすべて一緒です。なので、自分の身体が行ってくれること、地球や他の生命のことももっとリスペクトして信頼することをぜひ心がけてみてください。

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