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マリエが自身のブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS」を立ち上げた理由とは?

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ひとは、生きているとあらゆる環境変化や予期せぬ事態に遭遇する。そんなとき、味方してくれるのは、他の誰でもなくあなた自身だ。振り回されず、自分らしく生きていこう。ここで紹介するのは、自分らしさを表現できることと出逢えた女性たち。彼女たちは自分の思いを素直に出せるものに打ち込んでいる。そこに他人の目や評価は関係ない。あなたも、あなた自身の心が本当に求めるもの出逢えますように。

meets
SUSTAINABLE FASHION
マリエさん
MARIE
Brand Director


フランス系カナダ人の父、日本人の母を持つ。10代でモデルとして活躍した後、NYに渡りパーソンズ美術大学でファッションを専攻する。2017年にサステイナブルライフを発信するブランド「PASCAL MARIE DESMARAIS」をローンチ。

10歳:モデル活動を始める
18歳:ViVi専属モデルとして忙しい日々を送る
23歳:NYの名門、パーソンズ美術大学へ進学
27歳:日本に帰国
30歳:「PASCAL MARIE DESMARAIS」を立ち上げる
–{諦めたらそこで終わり}–
諦めたらそこで終わり未来はデザイナーの手に
人気モデルだったマリエさんが突然NY留学を決めて、日本を旅立ったあの時から約10年。彼女が名門美術大学でファッションを学び、3年前に自身のブランドを立ち上げたことはなんとなく知っていても、それがどんなブランドなのか、どんな想いで向き合っているのかまで知らない人が多いのでは。世界をより良くしようと戦う、今のマリエさんをここで紹介したい。

彼女が向かったのは、足立区にあるレザーブランド「TOMYMADE」のアトリエ。職人のTOMYさんはサステイナブルなプロダクトを一緒に作る仲間だ。アトリエにはオープン日を設け、お客様との交流や物づくりを体感してもらうことも大切にしているという。取材中にも早速打ち合わせが始まった。マリエさんのこだわる部分をどうやって商品に落とし込めるのか、真剣に話し合っていく。マリエさんには、そうやって力になってくれたりアドバイスをくれる友人や知人が周りにたくさん。ブレない強固な芯があっても、いろんなことを柔軟に取り入れようとする一生懸命な姿勢が人々の共感を得るのだろう。

「私の考えの95%は浅はかだと思って生きています(笑)。だから他の人の話を吸収して、自分では何ができるか考えるようにしてるんです」。“サステイナブル”と一口に言っても様々な側面があるが、マリエさんはまさにそのすべてを可能な限り実現しようと努力している。廃棄になる予定の革や布の切れ端を使って商品を作り、労働環境に配慮したオーガニックコットンを取り入れ、繰り返し使えるパッケージを考案する。作り手の顔が見えるよう、お客様と工場を訪問するバスツアーを組んだりもした。細部までこだわるあまり、職人さんを困らせることもあると言う。

「エコに配慮しすぎて無理を言って『そこまでやる必要あるんですか?』と聞かれることも。そんなときはブランドのコンセプトをきちんと説明して理解してもらうようにしています。こういうことがスタンダードな世の中になるって信じてるから諦めません」。自分が今まで目にしてきた“サステイナブル”の文字、手にとってきた商品は、果たして本当の意味でのサステイナブルだったのか。彼女と話しているとそんな疑問が浮かんでくる。


イメージが詰め込まれた大切な資料。ペンはプラスチック製をやめ、芯を入れ替えて半永久的に使えるものを愛用しているそう


プラスチックゴミ袋を被った、環境問題に警鐘をならすオリジナルキャラクター。アニメでコミカルに伝える。イラストはdunkwell


通常は廃棄となる切れ端を集めて作ったラグ


レザーアイテムは主に害獣として駆除された動物の革を使用


ボタンひとつとっても妥協しない物づくり

–{モデル時代を振り返ると「生き返った」感覚}–
モデル時代を振り返ると「生き返った」感覚
1週間で50本もの仕事をこなし、多忙を極めたモデル時代のマリエさんは、自分を見失いかけていた。有名にさえなれば人生成功だと思っていたのに、叶っても充実感はなく、むしろ将来何をしたいのかがわからずに迷走していた。美術大学を目指したのは、それが自分の昔からの夢だったことを思い出したから。友人も、仕事仲間も、家族でさえも反対する中で単身NYに渡った。結果的にはそれが人生の絶好のターニングポイントとなる。

「もしあの時渡米してなかったらと思うとゾッとします。身体はボロボロで、自分で良い、悪い、好き、嫌いのジャッジもできていなかったから」。NYでは同大学の卒業生である、世界的デザイナーのアナ・スイ氏と話すチャンスがあった。「ここには世界のベストなものとワーストなものが混在している。NYにいる間にできる限りのものを見なさい」と助言され、毎日ギャラリーに足を運び、あらゆるアートに触れることにした。そうするうちに、自分の好きなもの、好きなファッション、好きな人、好きな音楽がわかるようになったという。

「それから人生が楽になりました。好きなものがわからないままだとブレやすい。ちょっとおこがましいかもしれないけど、そうやってもっと美しく生きる方法を日本の女の子に伝えてあげたいと思って帰国を決意しました。真面目に言っても誰も聞いてくれないだろうから、ファッションで伝えようと思ったんです」。

マリエさんの根底には、モデル時代に応援してくれたファンの子たちへの感謝が常にあった。お返しをしたいと思っていたそうだ。「もし私が当時の影響力を持っていたら、もっと世間が環境問題に真剣に取り組んでくれたのかもと思うと、それを逃してしまったことに少し悔しい思いもあります。でも、やりたいことができている今は充実していてものすごく楽しい。新しいことを習得したとき、知りたいことがわかったときの喜びも半端じゃない。一歩ずつ大人になっている感じです。これまで知らないことが多すぎたのかもしれませんね(笑)」。


卸先であるバーニーズニューヨーク新宿店へと足を運ぶ。バイヤーの鈴木さんは「生地やデザインにも細かく意味があり、いつも情報共有してくださいます。信頼できるデザイナーさんです」とのこと


レザー作家TOMYさんの作るクッション