かつてない高水温で、生命力が失われてゆく海 |地球の今、海の今を知る Vol.58


地上のあちこちで、かつてはごく稀に起こる程度だった異常現象や大規模災害が日常化している今、愛すべき海は人間活動で過剰になった熱を9割近くも吸収しながら、大きなダメージが進み続けています。気候変動の影響で、世界の平均海面水温は100年あたり+0.55℃というペースで上昇し、とりわけ日本の近海は世界平均より倍以上、過去100年だけで全海域平均+1.14℃も上昇しました。海の表面だけでなく、海の中でも深海でも水温上昇が確認される今は、海洋生物へのストレスも大きく、地上の私たちと同じように、海のなかでも暑さでぐったり、しおれたように生命力を失っている生き物たちが見られたりもして。私もずいぶん前から海中のようすや生態系の不気味な変化、開発や汚染による環境破壊と回復力の衰え、生息域の北上、これまで冬を越せなかった生き物が水温上昇によって越冬している姿、日本の太平洋側を流れゆく黒潮が異例の大蛇行、それも2017年からは5年間も続いている異常ぶり、消えゆくサンゴ礁など、個人レベルでもバランスの乱れを明らかに感じ取れるほど。

サンゴ礁だけでもすでに地球全体で半分以上が消え、世界屈指のコーラルガーデンを擁する沖縄も7~9割が消滅したなか、今夏も平年より+1℃以上も高い、30℃を超える高水温が続き、九州、奄美大島、沖縄本島、八重山諸島などで急速に、海域によっては8~9割のサンゴが白化し、過去最悪のダメージになる可能性もあるそうです。海水温が上昇すると共生している褐虫藻が離れ、サンゴは鮮やかな色彩や栄養を失う、これが白化現象ですが、近年はこれまでより深い水深にまで白化が広がっていることも、事態の深刻さを物語っています。

先日の台風11号も、海水温の上昇や偏西風の蛇行などが引き金となって、勢力がもっとも強い「スーパータイフーン」にまで発達しました。原因の一つは海水温が平年より+1〜2℃も高いこと、それも海の表面だけでなく、水深50mでも水温が高い「暖水渦」の影響から急速に発達。台風は通常、北東方向へ進むことが多いのですが、11号は小笠原諸島から進路を逆走するかのように沖縄の南へまっしぐら、そこで熱帯低気圧と合わさって石垣・宮古エリアにしばらく停滞し、北上していきました。大きな台風は地上の被害はもちろん、サンゴ礁がなぎ倒されるような海底の破壊も伴うけれど、海にとっては海水を攪拌して上がりすぎた水温を下げる重要な役目があり、サンゴの白化も軽症なら、水温が下がって褐虫藻が戻れば回復できる可能性が高まります。そう思うと、台風11号はまるで、白化が広がるサンゴの悲鳴を聞きつけて助けに来たかのように、通常ルートを大きく外れてまっすぐ八重山の海へ。そのおかげで少し水温が下がり、一部の海域では褐虫藻がサンゴのおうちに戻って白化にブレーキがかかったところもありますが、大部分はまだまだ深刻な白化が続いているようです。

もちろん、台風11号がサンゴを助けに向かったのかどうかは人間には分かり得ないけれど、確かに感じるのは、地球がみんなで力を合わせてなんとか健全なバランスを守ろうとしていること。人類はそこへさらに輪をかけて破壊や搾取を続けている、先進国の資本主義経済と消費社会を持続可能にするために。けれども、こんなことをいつまでも続けられるはずもなく、HONEY Vol.33「Listen to the True Nature」で生物学者の福岡伸一ハカセも紐解いてくださったように、「気候危機や生物多様性の崩壊など、未来を守れるかどうかの分岐点、ティッピングポイントはすでに超えてしまった」と訴える科学者や専門家たちが、年々増えている昨今。それでも、たとえば今の破壊や搾取がなくなれば、この星はきっと持ち前の自然治癒力で蘇生していけるはず、かつて何度か全球凍結して氷の惑星となっても、再び何億年という長い年月をかけて美しい自然溢れる地球になれたのだから。言い換えれば、地球というより、危ういのは私たち人類文明のほう……一人ひとりがそのことを腑に落とせたなら、今これからの在り方ももっと変わっていけるんじゃないかなと思っています。

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