
自然環境も動物も人々も蝕む化学物質と聞いてまっさきに浮かぶのは、愛する海だけでなく、大気や大地、海洋生物も陸上生物も、私たち人間の血液からも検出されているプラスチック汚染。それだけでも胸が痛むのに、アメリカの環境ワーキンググループ(EWG)の調査では、お母さんの胎内から赤ちゃんに栄養を送る臍帯血を調べたところ、300種類近い産業化学物質や汚染物質が検出されたそう。農薬や添加物、ダイオキシン、かつて海に大量流出していたポリ塩化ビフェニエル(PCB)のような有害汚染物質、大型の魚や深海魚に多く含まれる水銀、大型魚や玄米などに蓄積する重金属、プラスチック製品から溶け出すフタル酸エスタルやビスフェノールA(BPA)といった添加剤、建材や壁・家具などから放散されるホルムアルデヒド、水や油を弾くために幅広く使われるPFASなど、挙げればキリがないほどに。これらは商品の生産過程で環境中に排出され、日常でも食べたり飲んだり呼吸をしたりするだけで体内に取り込まれている環境毒の数々。地球環境が汚染されれば当然、人間も含めた生物の身体も子宮も汚染され、赤ちゃんにまで影響は及ぶのに、いつからこんな、自分だけが良ければいい大人たちの事情が優先される社会になったのかなと? もし、命や健康や未来が大切にされる社会なら、地球も人も、これほど環境毒にまみれることも、気候変動や生物多様性がこんな危機を迎えることもなかったのだろうなと……。それでも、自分はどんな世界を生きたいかは自由に選択できるから、健やかな暮らしを送りたいなら、まずは社会の腐敗を知って、自分たちの健康を自分たちで守るために、今回は上に挙げた一つ、PFASの闇深い真実を取り上げたいと思います。

水や油をよく弾くPFAS(ピーファス)は、環境中でも体内でもほとんど分解されずに残留・蓄積し続け、排出もされにくく、除去や浄化も困難で永遠に残り続ける性質から、近年「Forever Chemicals(永遠の化学物質)」として欧米を中心に危険視され始めました。PFASとは人工的に合成された有機フッ素化合物の総称で、フッ素原子を含む合成樹脂(プラスチックの一種)。代表格のPFOA(ピーフォア)やPFOS(ピーフォス)をはじめ、5000種類近くもあるPFASは、どれも競泳用50mプールに1滴以下(PFOAは水1ℓあたり0.004ナノグラム)が国際安全基準とされるほど毒性が強く、発がん性や肝・腎障害、ホルモン・免疫系の異常、先天性の奇形や発達障害といった健康被害も明らかに。問題視され始めたのは最近ですが、PFASはすでに1950年代から幅広い産業で多用されています。もともとは戦争の道具として、第二次世界大戦中に戦車の防水性を高めたり、原子爆弾をコーティングするために開発されたもの。その撥水技術を戦場以外でもと、多くの生活用品で使われ莫大な利益を生むことになりますが、PFASの有毒性はすでに1960年代から立証されていながら40年以上も隠蔽され、蓋を開けてみたらすでにゾッとするほど、地球じゅうを汚染してしまっている環境毒の一つです。
熱や薬品にも強いPFASは、水や油を弾く撥水・撥油加工をはじめ、汚れをつきにくくしたり、滑りをよくしたりといったコーティング材として重宝され、なかでも有名な「テフロン加工」は米デュポン社がPFOAを使用して作ったフッ素樹脂加工の商標で、「焦げ付かないフライパン」として世界中で大ヒット。けれどもテフロンのようなフッ素加工のフライパンや鍋、炊飯器の内釜やホットプレートなどは製造過程での有害性が報告され、家庭でも260℃を超える過加熱や空焚きで有毒ガスを発する場合もあり注意が必要なアイテム。調理器具以外にも、傘やレインコートなどの雨具、衣服の撥水性、防汚加工、防水スプレー、カーペット、水や油をはじく食品包装紙、クッキングシート、レンジトレイ、歯間フロス、アイロン、車、半導体、スマホなどの電子機器、塗料、界面活性剤、洗剤、コンタクトレンズ、ファンデーションやアイメイク・口紅といったコスメ、ウォータープルーフアイテム、掃除用具、消火剤……と驚くほど日常にありふれているPFAS。2021年には学術誌『Environmental Science & Technology』で、アメリカの市販コスメを調べたところ半数以上から高濃度のPFASを検出、皮膚や涙腺、目や口から吸収して血中に蓄積される危険性が報告され、洗顔排水からも環境中に放出。下水処理場や家庭の浄化フィルターでも除去できず、長年PFASを研究するストックホルム大学の報告では、今や南極やチベットなど人里離れたエリアを含めた世界各地でPFASが見つかり、国際的に最も厳しい汚染ガイドラインを基準にすると、「すでに地球のどの場所でも、安全に飲める雨水はどこにもない」とのこと……。2022年8月の学術誌『Environmental Science & Technology』でも、「PFASが大気全体にも広がり、汚染されていない場所はない」という最新研究が発表されました。

マイクロプラスチック同様、PFASも水道水や雨水、川も海も、空気も大地も、南極や北極の海氷からも見つかり、日本も全国各地で、とくにPFASを扱う工場や下水処理場の周辺で汚染レベルが高いそう。沖縄や各地の米軍基地ではPFOSを含む泡消火剤が使われ、近隣の河川などから高濃度に検出。2007年には京阪神エリアで高レベルのPFOA汚染が報告されましたが、2020年、2021年と環境省が全国調査をした結果でも、大阪が他とは桁違いに汚染値が最も高く(地下水1ℓあたり1700~5500ナノグラム)、50年以上PFOAを扱ってきた工場があることから川や地下水といった水環境、大気、土壌や農作物、住民の血液からも高濃度なPFOAが検出され、「令和の水俣病」として訴える声が大きくなってきています。
危険性がようやく公になってきた近年は規制も進み始め、2019年には国際条約「ストックホルム条約」で、人体に悪影響を及ぼすほど強い毒性を持つ上に、残留性が高い「最も危険なランクの化学物質」として、PFOAが「廃絶しなければならない物質」に認定。日本ではPFOSが2010年に、PFOAは2021年10月に製造と輸入が禁止になったばかり。国内外の主要フッ素化学メーカー8社もすでに、2015年にPFOAを全廃しています。参考までに挙げると、デュポン(現ケマーズ)、3M/ダイネオン、ダイキン工業、旭硝子、ソルベイ・ソレキシス(現ソルベイ・スペシャルティー・ポリマーズ)、アルケマ、クラリアント(現アークローマ)、チバ・スペシャルティー・ケミカル(現BASF)の8社。それでもいまだ周辺環境や人体から高濃度に検出されるほど残留蓄積性が高いPFASですが、日本の安全基準は現在「水1ℓあたり50ナノグラム」と海外よりはるかに緩く、被害の実態もブラックボックス状態。禁止になっても該当製品の回収もなされず、何よりPFOAとPFOSだけが禁止されても、他に数千種類もあるPFASはどれも毒性が同じにもかかわらず、ほとんどは規制されないまま。そんななか欧州連合(EU)は2020年から、有害物のない環境を目指して「すべてのPFASを使用禁止」に、アメリカや諸外国でも急速にPFASすべてを規制する動きが進んでいるようです。そんな「永遠の化学物質」については、次回ももう少し掘り下げてみたいと思います。
※詳しく知りたい方はこちらも参考に。
NPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議
「PFAS(有機フッ素化合物)汚染」(2022年3月発行)
※環境省のPFOS・PFOA全国調査の結果(調査地点が異なるので2年分Checkがオススメ)
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