
私たちもときどき、健康診断で今の身体がどんな状態かをチェックするように、地球の健康状態を調べると「22世紀まで人類が生き残れない理由は100以上ある」と科学者たちは言います。その中でも今もっとも緊急性が高い問題は何かを教えてくれるのが、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という地球の診断結果です。これは「気候変動」「海洋の酸性化」「オゾン層の破壊」「窒素・リンの循環」「グローバルな淡水利用」「土地利用」「生物多様性の喪失」「大気汚染」「化学物質の影響」という9つの領域で、それぞれの限界点を超えると壊滅的な変化を起こしてしまうという地球的危機を示すものです。
いま世界中で急務な対策が叫ばれている気候変動は、現状はまだ限界点を超えてはいません。というか超えてはいけない、つまり臨界点の目安とする1.5℃の気温上昇を超えてしまうと取り返しがつかないからこそ、その前に温暖化を止めようと動いているところ。一方ですでに限界ラインを大幅に超え、極めて危険なゾーンに入っている分野が2つあります。それが、「生物多様性の喪失」と「窒素・リンの循環」です。
「生物多様性の喪失」は、簡単に言うと生き物たちが減少して生態系が崩れていること。その現実は思う以上に深刻で、このたった50年間で、地球上の3分の2もの生き物たちが消えてしまい、現在も100万種以上の動植物が絶滅の危機に瀕しています。野生動物たちが暮らす自然界に、大規模な開発などで人間がどんどん入り込んできたことや乱獲などが大きな原因ですが、野生動物と人間の距離が近くなったこの40年間では、動物から人に感染するウィルスも3倍に増えています。
もう一つ、「窒素・リンの循環」はほとんど知られていませんが、実はこれも限界値を大幅に超えた深刻な問題です。窒素・リンの循環異常が引き起こすのは、世界中の海で広がっている死の海、「デッドゾーン」と呼ばれる現象です。きっかけは2002年頃から、アメリカ西海岸で地元の漁師さんたちも過去に経験がないほど、死んだ魚が大量に網にかかることが増え、原因を調べてみると海水の酸素が極端に少ない低酸素、または無酸素の海域が増えていることが分かりました。「貧酸素水塊」とも呼ばれるこうした海中では、酸欠による窒息死が起こり、魚たち、カニなどの甲殻類、貝類も住めない海底はたくさんの死骸が転がっている状態に。2019年の発表では、1960年代は世界で45カ所だったデッドゾーンが、この50年間で700ヶ所にまで広がっているとの報告も。アメリカは西海岸と東海岸の広い範囲、メキシコ湾に面した沿岸部、ヨーロッパ、中国や朝鮮半島、東南アジアや日本でも広がり、そこでは生き物たちが生存できずに生態系を壊すだけでなく、さまざまな負の連鎖も起こっています。たとえば水質が汚れて貧酸素になると、低酸素のエリアを好む微生物が増殖して活発になり、その微生物はCO2よりも300倍も強力な温室効果ガス、亜酸化窒素(N2O)を多く排出するため、デッドゾーンの広がりとともに気候変動をも加速させているのです。
そんなデッドゾーンがなぜ広がっているのか、それは私たちがいただく食料を生産するために、農地で使われる化学肥料が過剰に増え、その化学肥料に多く含まれる窒素やリンが川へ海へと流れ出ることが主な要因のひとつ。ですが他にも、産業・生活排水、気候変動など原因は複雑に絡み合っています。私たちにできる対策としては、農薬や化学肥料を使わず、有機栽培や自然農法などに務めるエコファーマーの農産物を買って応援することですが、他にも考えたいことがいくつかあります。本誌でも以前、貧酸素水塊について少し触れましたが、危機的な状況にある今、Webでは4回に分けてご紹介します。次回は過剰な窒素やリンがデッドゾーンにどう繋がるのかについて、お伝えしたいと思います。
