
「どんなときでも、わたしはわたしを生きるために今ここにいて、それはどんな存在でも対等に、イルカはイルカ、サンゴはサンゴとして麗しくあるために……そうしてすべてが美しい調和を奏でるからこそ、この星は青く豊かなオアシスで在りつづける。地球のみんなに愛ある暮らしを!」
海も動物も、森も植物も、社会も人もすべてを愛するエシカルマインド
日常に寄り添うアイテムは、どこで誰がどんな風に作って運ばれて、捨てたあとはどうなるんだろう。エシカルな目線を通して、今まで見えなかったそんな繋がりを、頭ではなく心で感じていきたい。
地球を大切にするために私たちへと託されたバトン
エシカルやサステイナブルの前にはエコやロハスなど、時代とともに呼び名はさまざま変化してきたけれど、その軸にある地球を思いやる活動の原点は、60年前にまで遡れる。
1962年、世界で初めて自然の悲鳴を人々に伝えたのは海洋生物学者のレイチェル・カーソン。『沈黙の春』という名著で、経済発展による環境破壊、農薬や化学物質が与える自然と人への危険性を伝え、環境運動が広まるきっかけになった。その後1972年に民間組織のローマクラブが、このまま環境を破壊し続けるとどうなるか、世界初の科学的シミュレーションで未来を予測した『成長の限界』を発表し、世界に衝撃を与えた。あれから約30年、気候変動は科学者たちの予測よりもはるかに速いスピードで進み、警鐘を鳴らす声は年々大きくなっていく。そうして先輩たちから私たちの世代にバトンが託され、2015年には国連が世界共通の目標として SDGsを掲げた。これは地球のさまざまな問題を協力し合って解決しようとするもので、エシカルな暮らしはいつもの消費や行動を変えることで、問題解決に貢献できる。
エシカルの原点も「環境倫理」として、自然と命を敬える人間の在り方を問いかけてきた歴史がある。
「エシカル消費が使われ始めたのは30年以上前、1989年にイギリスで創刊された『Ethical Consumer』という雑誌がきっかけでした。当時イギリスでは、問題のある製品を買わないボイコット運動が盛んで、企業にエシカルなものを求めるため、誌面で製品やサービスのエシカル度を“エシスコア”として評価したんです。イギリス人はこれを参考に買い物をするくらい今も影響力を持つ指標です。日本でも年から環境に配慮した消費を示すエコマーク制度などがありましたが、エシカルという言葉が聞かれ始めたのは10年ちょっと前かと思います」
そう教えてくれたのは、エシカル協会代表理事の末吉里花さん。15年前から日本でエシカル消費の普及に従事する末吉さんは、TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターだった2004年、番組の企画でアフリカ最高峰のキリマンジャロへ登頂したことが、今の活動へとつながる人生の転機に。
「秘境を含めて世界カ国くらい旅した中で、この世界はひと握りの権力や利益のために、美しい自然や弱い立場の人々が犠牲になる構造なんだと感じていました。そんなときに登頂したキリマンジャロは、山頂を覆う氷河が温暖化の影響で残り2割にまで減っていて。その現実を前にしたとき、突き動かされるように自然や人々を守る活動がしたいと決意したんです」(末吉さん、以下同)
そうしてフェアトレードやエシカルの理念を広める活動を始め、途上国の現場にも多く足を運んできた。
「とくに印象的だったのは2013年にバングラデシュで起きたラナプラザ縫製工場の崩壊事故。そこで働く若い女性たちを含む1100人以上の生産者が亡くなったこの大事故は、ファッション業界に大きな衝撃を与えました。私もバングラデシュの似たような搾取工場で働いていた女性たちに直接話を聞きましたが、安い賃金で清潔な飲み水もなく1日16時間も働かされて、みんなその悲惨な体験を話しながらずっと泣いているんです。コットンを作る農園でも農薬などの健康被害が深刻で、土壌や水の汚染も年々酷くなる。こうした悲しい背景は多くの業界にあるものの、消費者はその内情を知り得ないのが現状です。これまでの社会は人間の欲からもっとたくさん、もっと新しいものを、もっと安く、もっともっと… …と地球から資源を奪い取って、返すのはゴミだったりCO2だったり。私たちを生かしてくれる地球には何も返してこなかった、それどころか本当に酷いことをしてきて。どこかで改めることもできたはずなのに、ずっと無視をしてきた結果が今なんだと思います」
環境問題は心の問題で、その原因は強欲と無関心という指摘は多い。社会心理学の分析では、ネガティブな事柄を受け付けたくない、または習慣を変えることに抵抗や不安があると、人は問題を否定したり無関心になることも。けれどこれからはもっと優しい社会を作るために問題を見つめ、自分にできるところから変えていこうとする人たちが確実に増えている。末吉さんも日本でエシカル消費を普及して年、最近ようやく変化の波を感じ始めたそう。
「まさにここ1年でいっきに広また実感があります。最近はこうしてメディアに多く取り上げてもらえたり、企業も本気になってSDGsに取り組み始めて、10〜20代のZ世代がとても熱心に声を上げています。日本でも『エシカル消費』が来年から中学校、再来年から高校の教科書に載る予定で、これからはエシカルが当たり前な社会が来ると思うんです。私が視察に行った北欧スウェーデンでは、幼稚園から地球環境について学ぶ授業があり、その後も成長するすべてのステージで、社会人になっても継続的に自然とともに暮らす大切さを学んでいて。一市民として何ができるか、デモやボイコット、市民活動も盛んで政治を動かす力も大きいですし、衣食住はもちろん、お店やホテルなども環境への配慮が当たり前。それに比べると日本は遅れていますが、本来なら日本もエシカルな価値観をリードする先進国になれるはずなんです。日本人には足るを知る・もったいない・思いやり精神・お互いさまなど、エシカルやサステイナブルと親和性の高い精神が根付いていて、素晴らしい伝統や技術もある。でも今はそれを活かしきれていないのがすごくもったいないなって思います。今の日本を冷静に見て、こんなにたくさんいろんなモノを作る必要もないし、私たち消費者も必要としていない。もちろん、エシカルな商品ならたくさん作って消費してください
というわけでもありません。まずは今まで当たり前にしてきたこの消費文化に疑問を持つこと、すでに持っているものを長く大切に使うなど、分相応、足るを知ることが大事なんだと思います」
一緒に前へ進むためには一人の力が大きな力に
環境や社会の問題に心が動いたら、エシカルな商品やサービスを知っていきたくなるけれど、調べれば調べるほど、環境には安心でも動物被害や児童労働があったり、その逆も然り。今はまだ過渡期だからこその悩みや混乱を感じる人も多い。
「そういう相談はとても多くて、皆さん同じように悩んでいるんだと思います。生産プロセスの複雑な関係性を辿っていくとさまざまな問題が隠れていて訳がわからなくなる。さらにはエシカルを謳っても実態は異なるような、消費者に誤解を与えるグリーンウォッシングも多いんですが、企業のほとんどが全情報を公開していない。つまり今はとても不完全な社会なんです。だからこそ裏側をちゃんと知りたい消費者が増えているのも事実で、今後は企業側も生き残るために透明な情報開示が必須になっていくはずです。消費者側も積極的に企業に問い合わせて、自分が納得できるバランスで取り組んでもらえたらと思いますね」
すべてパーフェクトにはできなくても、大切なのは正しさよりも心。地球や動物、人になるべく優しく在りたいというその気持ちがあれば、完璧じゃなくても大丈夫。
「ライフスタイル全体をいきなりエシカルにするのは無理ですし、私自身も100%エシカルな生活はできていません。なのでまずは一番好きなこと、海での時間、食事だけなど、一番お金を使う場面から始めてもらえたら。買うだけでなく、私は自宅でオーガニックコットンを種から育てているんですが、綿が弾けてフワフワになった様子を見るのは感動的。そうしてイチから作る体験をすると、洋服を一着作るって本当に大変なんだなって改めて感じますね」
今年は誰もが日常を見つめ直し、手作りや農業を始める人も増えたりと、常識や価値観が大きく変わりつつある今、末吉さんもやっとスタートラインに立てた気がするそう。
「エシカルな視点で見ると、今は何も意識しないでいるだけで問題に加担してしまう社会。生きているだけで問題の一部になってしまうなんて悲しいですよね。なのでこれからはみんなで問題解決の一部になろうと、エシカルが幸せのものさしとなるような社会を作っていきたいですね。もちろんオセロみたいに社会がいっきに変わるわけじゃなく、変化の過程にある今は、皆さんが感じている悩みや業界の混沌も通らないといけないプロセス。アメリカのある環境団体が掲げるスローガンに、“Progress over Perfection(完璧を目指すより前進しよう)”という言葉があるんですが、消費者も企業も、今は完璧じゃなくても、みんなで失敗を繰り返しながらそれぞれが考えて行動して、悩みや痛みも一緒に味わいながら前進していけたら。例えるならみんなで一緒に螺旋階段をのぼっていくように、少しずつ明るい未来を作っていけたらなと思います」