「街の暮らしから考える、日本のデッドゾーン(3)」|地球の今、海の今を知るVol.09


窒素やリンが過剰に流れ出た海で、富栄養化から貧酸素水塊へとつながる海のデッドゾーン。これは周囲を陸地に囲まれた内海や内湾、入り江、海底の窪地など、海水の交換が行われにくいエリアで起こりやすく、日本各地でも広がっています。とくに東京湾や伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海などは深刻で、プランクトンが異常発生する「赤潮」、そこから広がる「貧酸素水塊」、さらに生き物たちの大量死を招く「青潮」も毎年のように発生しています。2020年5月には相模湾で珍しい「白潮」も発生し、南国さながらのエメラルドグリーンに染まる様子が話題になりましたが、これも珪藻という植物プランクトンの異常発生から大量死滅が起こったデッドゾーン現象のひとつでした。

原因は(2)でお伝えした農地の化学肥料も大きいのですが、国や海域によってケースは異なります。たとえば東京湾の場合は周辺に農地が少なく、逆に人口が集中する大都市に囲まれているので、原因の7割以上は生活排水。これには下水道システムの問題も大きく関わっています。生活排水が雨水と別の管路を通る「分流式下水道」なら適切に処理されるのですが、都市部ではいまだに、雨水と生活排水が同じ管路に集められる「合流式下水道」のところが多く、大雨が降って水量が増えると、処理する前に汚れた生活排水がそのまま川や海へ垂れ流されます。そこには私たちが排水溝に流す食材の残りカスや飲み物、油分や調味料、洗剤、トイレの排水など、窒素やリンも多く含んださまざまな汚れがそのまま流れ出ているのです。

各自治体ではこうした排水の汚れ負荷量を規制する対策も取られていますが、それだけでは解決に至っておらず、規制したことで別の弊害が生まれたところもあります。たとえば、かつて「瀕死の海」と呼ばれた瀬戸内海は排水の汚れ負荷量を規制して、水質は以前より改善されました。しかし今度は逆に、窒素やリンなどが足りない「貧栄養化」が起こってしまい、漁獲量の減少、さらには海苔の色素が薄くなる「色落ち」に悩まされる結果に。窒素・リンは生き物たちの栄養分でもありますが、過剰にあれば富栄養化や貧酸素水塊を、足りなければ栄養不足で魚介や海苔が育たなくなるわけです。

以前、海藻が枯れ果てた磯焼けの海に入ったとき、専門家の方々が教えてくれたのは、磯焼けの原因は海水温の上昇だけでなく、山の森林から海へ流れてくる養分が極端に減ったことも大きな要因だと。これは磯焼けに限らず、デッドゾーンや他の問題にも関わる自然の摂理ですが、窒素・リンや鉄分など、海藻や魚介などに必要な栄養分は、海だけでなく、山からも川を伝って海へと供給されるからこそ生態系はバランスよく豊かに育まれます。それが現代は、ダムや護岸工事などによって川の流れが人工的に堰き止められていることも原因のひとつ。さらには、海底に穴を掘って、埋め立てやコンクリート骨材などに使う土砂を採取することも増えてしまったため、掘り返した穴にできた窪地も貧酸素水塊になってしまっているそうです。

こうして掘り下げると、デッドゾーンの原因もさまざまな関係性が見えてきますが、一人一人ができることはオーガニックなものを選ぶことと合わせて、暮らしの排水がそのまま海につながっていることも忘れずに。たとえば台所の排水溝に食材や調味料、生ゴミや油などをそのまま流さないようにしたり、養分の多いお米のとぎ汁や米ぬかなどは花壇や庭の植木、畑に撒いたり。調理器具や食器を洗うときも、内側についた汚れを流さないように拭き取ってから洗ったり。キッチンやバスルームで使う洗剤も、有害化学物質を避けて、石鹸成分や無リン洗剤などをセレクトしたり、ちいさな思いやりの積み重ねが、未来の海を守っていけるのだと思います。次回はデッドゾーンについての4回目、最後は気候変動との関係性についてご紹介したいと思います。

SHARE