上原かいのハワイコラム| Small is Beautiful

小さいことが、子供の頃からイヤだった。背の順で整列すると、前から3番目より後ろに並んだことがなかった。いつも見下ろされている感じがした。そのせいか、とにかく大きい人や大きいものに憧れた。大人になってからも、大きい世界、大きい車、大きい波……と大きなものに惹かれていった。けれども今時を経て、小さいものごとに幸せを感じるようになった。“小さな自分”に出会ってから、とてもハッピーになったから。Small is Beautiful /小さいことは素晴らしい。幼い時から負けず嫌いだった。小さいものより大きいものを強いと思ってきた。“大きいことはいいことだ”と謳うCMが流行った高度成長期に生まれて、何でも叶うと誰もが信じた、バブル景気に沸く日本社会を生きてきた。大量生産、大量消費と、時代はまさにイケイケで、どこまでも大きくなっていくような、高揚感に支配されていた。ファッション業界では、毎夜毎晩あちらこちらで、派手にパーティが繰り広げられ、シャンパンタワーの泡に埋もれて、龍宮城にいるかのような日々だった。けれども、大きくなるために、夜も寝ないで働いた。バブルが崩壊して、社会も人びとも、自然も、自分自身も疲れきっていた。けれども、もっと大きくなるために、仕事漬けの日々は続いた。本当に自分たちは幸せなのだろうか、と疑問を持ち始めた。経済拡張主義は、資源や環境を破壊し、過労死など働く人びとの人間性をも蝕んでいった。同じ頃、生まれて初めて大切な人を失った。突然の別れを受け入れられず、忘れたくて狂ったように働いた。自分も、人も傷つけた。

3年が経った頃、自分を取り戻そうとヨガを始めた。そしてサーフィンにも出合った。深い呼吸と大きな海は、内側と外側から、人間本来の自然とつながる喜びを、呼び覚ましてくれた。大いなる自然の小さな一部である自分を感じたのは、これが初めてだった。その感覚は、とても心地よくて幸せだった。その後、ワークショップで訪れたハワイ島のプナという小さな町に恋をして、移り住んだ。大好きだった仕事を手放したのは、本当の自分に会いたかったから。太平洋にぽつんと浮かぶ、四国の半分ほどの小さな島の田舎町に、観光客はいない。毎朝日の出前に海に行き、海から上がる朝日を浴びながら、波に乗る。波待ちする海から見えるのは、椰子の木が生い茂るジャングル。人工物はひとつもない。リーフブレイクでパワーのある波がヒットする小さなサーフスポットには、常に5人から10人くらいのサーファーしかいない。みんな顔見知りだ。いい波が来たら一緒に乗って楽しむ、アロハな仲間たちだ。ポイント近くにはいつもウミガメいて、ひょこっと顔を出して挨拶してくれる。時々やってくる野生のイルカたちと泳ぐのは、私だけ。

皆変わらずサーフィンを続けている。海から上がると、トラックの荷台で待つ愛犬マンゴーの傍に、バナナやアボガド、ココナッツなどが無造作に置かれている。庭で採れる食べきれないフルーツのお裾分けだ。海あがりのココナッツウオーターは最高の栄養ドリンク。年2回のシーズンには、海からの帰り道、通称マンゴーロードの大木から落ちてくる、野生のマンゴーが食べ放題。沖に出ればマグロやカツオ、マヒマヒが釣れる。オールドハワイアンは、磯場から網を投げて小さい魚を獲って、ビーチでBBQを振舞ってくれる。この小さな町に住むハワイアンたちは皆、この人間らしい小さな幸せを大切な家族と共に楽しんでいる。けっして経済的には豊かでない彼らの暮らしだけれども、なんて豊かな人たちだろうと思った。一緒にいるだけで、こちらまでハッピーになった。大きなものに憧れていた子供の頃から、実はみんなが知り合いの小さな島に住むのが夢だった。至福の場所に出合った。

けれども、また、突然に最愛の人を失った。悲しくて、苦しくて、真っ暗な闇の中で、生きる気力も失った。自分を責めて、殻に篭った。どんどん小さくなっていく自分を嘆いた。その間に最愛のサーフスポットが、マウナケア山の噴火によって溶岩流に飲み込まれてしまった。大きな喪失感に苛まれて、どうしていいか分からなかった。ならば、この悲しみと自分にしっかりと向き合おう。時が流れて、再び生きる気力が湧いてきたとき、そこにはさらに小さくなった自分がいた。素のままの自分だ。自由で、居心地がいい。そんな小さな自分の、小さな幸せを生きる新しい人生が始まった。
日本に帰り、小さな美しい海のそばに住む友人と小さくて綺麗な波に乗った。そこには、ただ波に乗る喜びがあった。小さな幸せを生きる、小さな自分に乾杯。

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