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【連載】地球の今、海の今を知る|Vol.36 SNSとオーバーツーリズムの意外な関係

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たとえば地元で自分たちしか知らないような、お気に入りのビーチがあるとして。喧騒とは無縁の、慣れ親しんだ海と空がいつでも無条件に包み込んでくれる、日常でふっと心をゆるませられる場所……。それがある日突然、SNSをきっかけに注目を集め、連日のように観光客が押し寄せるようになり、映える写真を撮ることに夢中な人たちで賑わうようになったとしたら? 癒しのひとときを過ごせなくなった気持ち、その海でのんびり暮らす生き物たちの心境は? 毎日たくさんの人がやってきては、プライベートエリアを荒らして帰っていく日々が、当たり前に繰り返されるようになったとしたら?
Vol.35でも紐解いたオーバーツーリズム、これはネットやSNSの普及が加速させた背景もあり、冒頭のような現象は世界各地で増えた代表シーンの一つです。SNSの広がりで個人の発信力や拡散力が高まったメリットはある反面、旅先に観光客が殺到することによるデメリットも多々。一方では人混みを避けようと穴場のリサーチが進み、より目新しい、よりフォトジェニックなスポットを求めて、普通はなかなか辿り着けない静謐な自然美が守られてきたサンクチュアリも、SNSをきっかけに突如ブレイク。現地の協力や掲載許諾もないまま、位置情報がタグ付けされた投稿が広まり、ちょっと調べれば誰でも簡単に見つけられるようにもなりました。そこでは望まない混雑はもちろん、SNS用の撮影に気を取られるあまり、節度なく自然や景観を壊したり、立ち入り禁止のエリアに入り、プライバシーを侵害する場面も。そうした迷惑行為がエスカレートし、なかには「撮影禁止」としたところ、海外では「tourismphobia(観光客嫌悪症)」なんて造語まで頻繁に目にするようにもなりました。


かくいう私も昔はひっそりと、SNSに旅の記録を綴っていた側でした。けれども5年くらい前から旅先で実際にSNSの悪影響を目にすることが増え、そのうちに投稿も閲覧もやめ、SNSから離れた一人です。ちょうどやめるかどうかを考えていた頃、思いを同じくしていた方の投稿に「※地元の方々のことを考えて、ビーチの名前は載せません。美しいこの海をいつまでも守りたいから」と添えられていたのを見て、心がほっこりしたことも。心地よく利用できるなら、そんなスタイルで続けるのもいいなとも思ったのですが、私の場合は日常でSNSの情報量に圧倒されて本当に必要なメッセージを見逃したり、集中力や直感力も鈍っていたような実感があり。脳科学的にみても、大量の情報を無意識に強制受信するため脳過労になること、さらにSNS自体が依存性を高める策略で作られたと知って、完全にやめる選択をした訳ですが、SNSを離れて旅についても改めて気づいたことがありました。たとえばSNSで旅先を決め、たくさんの情報や写真で予習をして行くのもいいけれど、それではなんとなく既視感が先行して、「確かにココにコレありますね」と事実確認に来たような。むしろスマホがなかった頃を思い返すと、私はろくに下調べもせず、予定も宿もほとんど決めず、必要以上の前情報を入れずに旅をしていたのですが、そのほうがずっとワクワクできて、感動も鮮烈に刻み込まれているなと。海で思いがけない大物にバッタリ出逢えたときのように、なんの予想も期待もないサプライズを体験するほうが、感動は何倍も大きくて。情報に頼らず、旅先の空気感を肌で感じながら気の向くままに歩き、ローカルの方に何かを教えてもらったら、どこにも載っていない素敵な場所に導かれたりもして。そこで出逢えた感動も、機会があれば手の届く近しい人たちとシェアするくらいで誰に見せびらかすでもなく、ただ旅を共にした人と一緒にニンマリするくらいが、本当はちょうどいいのかもしれないなと、私はそんな風に感じています。

text:Ayako Minato