
前回Vol.47で、「不自然」を「自然」に戻し、海本来のたくましい再生力を甦らせようと、2030年までに「世界の海の30%以上を海洋保護区に(30×30)」という動きもあることをお伝えしました。現状で海洋保護区になっている海は世界でまだ1~2%ですが、保護区として人間の悪影響から守られたことで環境、生態系の回復がみられた海をいくつかご紹介します。
まずはインドネシアにあるラジャ・アンパット諸島から。ここはかつて過剰な乱獲などにより、サメ類その他の大型生物がほとんどいなくなった時期がありました。強面で凶暴な印象の彼らですが、サメというのは実はとても臆病な生き物、そして海洋生態系にとっては重要なバランサー役を担います。サンゴ礁も彼らのような大型生物を首領とした食物連鎖が営まれてこそ、健全な均衡と回復力が保たれる。そんなサメ類も今や世界的に多くが絶滅危惧種となっていますが、ラジャ・アンパットでは2007年から海洋保護区を設けると、極端に減ってしまったサメをはじめとする生物の個体数が回復傾向に。太平洋に浮かぶフランス領ポリネシア、タヒチやフィジーなどもサメたちが厳重な保護下にあり、生物の多様性が守られています。

同じく太平洋にあるミクロネシア・パラオ共和国は、自然を敬い最優先に慮る精神が深く根付いていますが、外国資本による観光や漁業のダメージが深刻化したため、2020年より50万k㎡もの海洋保護区が指定されました。漁業や開発などを禁止するともに、観光客に対しても環境や生態系に傷跡を残さないことを義務づける「パラオ・プレッジ」を世界で初めて導入し、自然本来の姿を守り抜く姿勢が際立っている楽園の一つです。
アメリカは北西ハワイ諸島も、2016年に従来の保護区を日本国土の約4倍にまで拡大し、海洋保護区としては世界最大級に。約150万㎢の保護エリアは漁業や石油・海底採鉱などが禁止され、絶滅の危機に瀕するシロナガスクジラやハワイモンクアザラシをはじめ、7,000種以上の海洋生物が暮らす海が守られています。米・カリフォルニア州モントレー湾周辺も、高級毛皮を狙ったラッコの乱獲やウニの食害などにより、多くの種が絶滅の危機に追いやられた上に、カリフォルニア州の海は一時期、ジャイアントケルプが生い茂る海藻の森も90%以上が消えてしまいました。そんな被害を受けて1992年に海洋保護区が設けられると、少しずつ海の森も蘇りはじめ、アシカやラッコといった野生生物が集うオアシスがゆっくりと復活していく様子が見られています。

2021年末に開催されたCOP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも、エクアドル、コスタリカ、パナマ、コロンビアの中南米4カ国が東太平洋の50万㎢を保護することに合意し、エクアドルはガラパゴス諸島周辺の保護区を約20万㎢にまで拡大。コスタリカはこれまで3%だった海洋保護範囲を30%にまで広げ、「30 by 30」をいち早く達成したところ。これによって海中環境はもちろん、エクアドルからコスタリカ・ココ島あたりを回遊しているサメやクジラ、エイやウミガメなど、たくさんの海洋生物が保護されることになります。

私もときどき人知れないシークレットポイントに入らせてもらうとき、または年に数週間、数ヶ月間だけオープンされ、1年のほとんどを閉鎖・保護されている海に潜ると、そこは視界のどこを見ても景観の瑞々しさと生き物たちの生命力が圧倒的にパワフルで、まるで異次元に来たかと思うくらいの荘厳な雰囲気に、思わず身震いがするほど。そんな無垢なる海の片鱗に触れるたび、人間の影響力をリセットすることの意味、そして自然本来の姿がいかに力強くて崇高かを実感するばかり。これから世界各地で海洋保護区が広がっていくなかでも、地球がつい何十年か前まで麗しく育んできた海本来の姿が、あちこちで蘇っていくといいなと心から祈っています。
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