海も人も、豊かでピースな未来を思うとき|地球の今、海の今を知るVol.50


前回Vol.49でドキュメンタリー映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』、そして奴隷労働と私たちとの関わりについて紐解きました。けれども、この「海の奴隷たち」もシーフードに隠された闇のほんの一部、ここからさらに視野を広げて、世界的に大きな問題となっている「IUU漁業」についても考えを巡らせたい。IUU漁業とは「Illegal(違法)・Unreported(無報告)・Unregulated(無規制)」で行われる漁業の略で、実は日本に輸入される天然の水産物のうち、約3割もが「IUU漁業」由来と推定されるほど身近な問題。今回は映画の誘致とともに、IUU漁業に関するリサーチ&対策推進に尽力されている、WWFジャパン 海洋水産グループ パブリック・アウトリーチオフィサーの滝本麻耶さんに、IUU漁業について、日本で進みつつある対策や私たちにできることを詳しく教えていただきました。

──「海の奴隷」もさることながら、IUU漁業にも私たちが加担しているとはショックが大きいのですが、まずIUU漁業とはどういったものなんでしょう?

滝本さん(以下略) シーフード産業に潜む闇はとても深く、そのうちの一つ「海の奴隷」については2015年にアメリカの非営利通信社・AP通信が初めて報じたことから世界的に問題意識が広まりました。WWFも以前からIUU漁業撲滅に向けて活動してきたんですが、2019年に初めてこのドキュメンタリー映画を観たとき、私自身もあまりに衝撃が大きくて、同時に、奴隷労働を含むIUU漁業がどんな問題で、それが私たち日本人といかに関わりが深いか、そこから一人ひとりができることを考えてもらえたらと思い、3年前からユナイテッドピープルさんとともに本作の誘致を試みました。

そもそもIUU漁業とは「違法・無報告・無規制」、つまり密漁や違法な漁法での漁業(Illegal)、漁獲量を偽ったり、少なく報告したり(Unreported)、規制やルールを守らない(Unregulated)で行なわれる漁業のことで、たとえば各国や漁業管理機関などで獲りすぎや海の環境破壊、生態系の崩壊を防ぐために、獲っても良い時期や漁獲量、使って良い漁具など、漁業に関するルールが定められていますが、それらを守らない漁業を指します。とくに各国政府の規制が及ばない「公海」は基本的には自由に航行して水産資源を獲ることができ、取り締まりができない、言ってみれば無法地帯なんですね。2021年にもマグロの最高級ブランドとして知られる「大間」のクロマグロが漁協を通さず市場に流通していた闇漁獲、また先ごろは外国産のアサリを高値で取引するために「熊本産」と産地偽装をしたことなどが明るみになりましたが、それらも実はIUU漁業の一例なんですね。それ以外にも、規制・禁止されている集魚装置やダイナマイトの使用、IUU漁業の操業実態を隠すために使用した漁具を海に捨てる場合もあり、それが海中を漂って海洋生物に絡まってしまう「ゴーストギア」と呼ばれる問題も深刻化しています。おまけにどこの船籍かを示す旗国を塗りつぶしたり、偽装したり、非認可の漁船で世界の海を巡って密漁し、水揚げ量を無報告または過小報告して市場に流したり、と手口はさまざまなんですね。そうしたIUU漁業で獲られた水産物は市場に安く出回り、消費者も安さを求めがち、そうなると市場の魚価が下がってしまい、きちんとルールを守って操業している漁師さんたちの収入が減ってしまう。こうしたルートの分からないIUU漁業由来の水産物が、知らず知らずのうちにサプライチェーンにのって、消費者である私たちの口にも入っている可能性があるんです。

──分からないようにこっそり紛れ込んでいるんですね。でも日本で売られているIUU漁業由来のシーフードは、具体的にどんな種類が多いんでしょうか?

日本に輸入される天然水産物にどのくらいIUU漁業由来のものがあるか、推定した論文によると、割合の多い種類は、中国からのイカ・コウイカは35~55%がIUU漁業と推定され、中国からのウナギも輸入量の45~75%、他にアメリカのスケトウダラ、ロシアのサケやカニ、などがとくに多いとされています。スケトウダラは白身魚のフライなどに幅広く使われますが、日本はその多くをアメリカから輸入しているんですよね。

──映画ではタイやインドネシアの海域にフォーカスされていますが、IUU漁業は世界各地で行われ、それが日本にも輸入されていると?

はい、IUU漁業は世界中の海で横行しているといわれています。そして、その規模は世界の漁獲量のうち約3割、日本が輸入する天然水産物も最大3割はIUU漁業由来と推定されます。

──世界の漁獲量の約3割という高確率まで広まっているIUU漁業、取り締まる法律や対策などは整っていないんでしょうか?

日本はようやく対策に乗り出し始めたところですが、実際にはまだ未整備に近い状態なんです。水産物の世界三大市場はEU、アメリカ、日本ですが、EUはすでに2010年からIUU対策を始めていて、すべての輸入水産物に「漁獲証明書」の提出を義務付けているので、EUにはIUU漁業による水産物ははいれない。日本からも、日本政府が発行した「どの漁船で誰がどこでどのくらい、どうやって獲ったか」を記した漁獲証明書がないとEUへは輸出できません。アメリカもすでに「水産物輸入監視制度」を導入し、2021年にはEUと同じく全魚種を対象にすることが決まっています。そうなると何が怖いかというと、世界三大市場のEUとアメリカで排除されてきた水産物が、輸入時にIUUに関するスクリーニングを行わない日本へ大量に流れ込んでくる、ということなんです。

──それは日本もいち早く対策を、と大声で叫びたいところですが、日本ではどんな対策が進み始めたんでしょうか?

まず2018年に「漁業法」が70年ぶりに改正されて、科学的根拠に基づいた目標設定や資源の維持回復をするための新たな資源管理システムの構築に向け、動きが始まったばかりです。今、十分に余裕がある世界の漁業資源はたったの6%ほどです。日本の近海の状況でも、資源評価で「低位」のものが半分ほどを占めています。そんな厳しい現実は漁師さんたちも感じていて、「魚が来ない、獲れない」と口を揃えて言っています。そのような中で持続可能な水産業をめざして、漁業生産に関わる基本的な制度の見直しをはじめ、水産改革が始まっています。

──漁師さんたちの悲痛な叫びは本当にあちこちで耳にしますが、そもそもこれまでは「いつどこで、誰が何を、どのように」といったシーフードの5W1Hは、報告の義務がなかったんですね。

そうなんです。でもこの水産改革の流れの中で、もう一つ、IUU漁業対策法ともいえる「水産流通適正化法」が成立し、2022年12月から施行されます。国内で漁獲・流通する魚種について、漁獲者・漁獲海域(水揚げ港)・漁獲日・漁獲量などの情報を管理・サプライチェーン上の業者間で伝達する「漁獲証明制度」が、そして輸入水産物も同じく「漁獲証明書」の提示を義務付ける「輸入管理制度」がスタートします。つまり日本でも「漁獲証明書がないと流通できない」ことになります。ただ、これも国内はアワビ・ナマコ・シラスウナギ(ウナギ稚魚)の3種のみ、輸入水産物はイカ・サンマ・サバ・マイワシの4種しか規制対象に入っていないんですね。スモールスタートでも始まったこと自体は喜ばしいんですが、日本もEUやアメリカのように全魚種を対象にしない限り、いくらでも規制の網をくぐれてしまい、IUU漁業はなくならないんです。

──日本も対策がスタートしてひと安心、というわけでもないんですね……。

そう、ここが大きな落とし穴で、「対策ができてひと安心」では決してないのですが、現状は先々の生物多様性の回復を目指して、まずは大幅なマイナスをゼロに戻すためにもIUU漁業を撲滅すること、それにはまず日本でIUU漁業由来の水産物を流通させないこと、そのために、日本も全魚種を規制対象とすること、を私たちも呼びかけています。WWFジャパンでは、この水産流通適正化法の強化を求める署名呼び掛けもスタートしたので(下記参照)、多くの方に賛同いただいて、その声を国に届けて、さらに対策の強化を求めていきます。全魚種が規制されれば、私たちがIUU漁業由来のシーフードを口にすることもなくなりますから。

現状は誰がどこで獲ったかも、漁法も分からない。「一本釣り」は表記されても、「これは巻き網漁で/底引き網漁で獲りました」とか「トロール漁で」なんて書いてありませんよね。そうした漁法によっても環境や生態系への負荷が大きく変わるので、本当は漁法まで把握しないと持続可能性という観点で「問題ない」とは言えないんです。MSC・ASC認証は、乱獲や混獲、生態系や人権・労働への配慮などについて、客観的・定量的な証拠に基づき、第三者によって持続可能性が審査され合格した証なので、現状は認証シーフードを積極的に選んでもらうのも一つです。

今のままでは近い将来、お魚が一尾1万円なんていう世界になって、さらにはシーフードが食べられなくなるかもしれません。まずは事実を知ってもらうために、WWFジャパンでは大人気のお笑い芸人「せやろがいおじさん」とともにIUU漁業の解説動画を作りました。ぜひご覧いただいて、また周りの方にも広めていただけたらと思います。さらに、5月28日から公開される『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』も、IUU漁業にひそむ奴隷労働の実態など、なかなか知ることができない現実を知る機会です。映画の半券を持参すると、「サステイナブル・シーフード」を提供するレストランで特典が受けられるキャンペーンも行いますので、ぜひ劇場で映画をご覧いただいて、事実を知って、一人ひとりができるアクションを考え、行動してみていただけたらと思います。アクションのもう一つ、先ほどご紹介した署名もぜひ、皆さんの応援の声として一筆をいただけたら嬉しいです。

──これからも海の幸を安心して大切に感謝していただきたい、そして背景を丁寧に把握できる社会を作りたいですね。まずはIUU漁業と私たちの関係を知って、できるアクションを重ねていきたいと思います。ありがとうございました。

署名はこちら
シーフードの危機を知るには「おさかなハンドブック」もCheck!


©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』
公式サイト
5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
配給:ユナイテッドピープル
90分/2018年/アメリカ

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