
たとえばいつも使っているファデーションやメイク下地、リップやチーク、アイメイク、マスカラ、日焼け止めなど、愛用コスメのパッケージを見返してみたとき、成分のカタカナ表記がずらりと並ぶなかに「~フルオロ~」の文字が見つかったりはしませんか? この「~フルオロ~」こそ前回のVol.60で触れた、永遠の化学物質「PFAS」のこと。といっても前回紹介したアメリカの調査では、PFAS濃度が高い化粧品であっても、成分リストに記載されていないものも多かったそう。コスメに限らず、衣食住のあちこちで触れているPFASは、正式名称を「パーフルオロアルキル化合物およびポリ(またはペル)フルオロアルキル化合物」といいます。代表的なPFOA(パーフルオロオクタン酸、C-8)、PFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸、C-8)、PFHxA(パーフルオロヘキサン酸、C-6)、PFHxS(パーフルオロヘキサンスルホン酸、C-6)、PFNA(ペルフルオロノナン酸、C-9)など、「~フルオロ~」を含むPFASは5000以上も種類がありますが、どれも有毒性はほとんど同じ。難分解性、残留蓄積性がとても高く、それが「落ちにくさ、商品化のしやすさ」という利便性になる一方で、拒否反応や症状がすぐには現れず、知らないうちに少しずつ体内に取り込まれ、排出も代謝もされずにダメージが蓄積する慢性毒の怖さとも表裏一体。2003年にアメリカ環境保護庁(EPA)が発表したPFOA報告書に、「それは有毒である。どこにでもある。そして、永久になくならない」と記されていたこともその特徴を物語っています。
すでに地球じゅうに蔓延したPFASは、2005年の時点で極地に暮らすホッキョクグマからも検出され、2007年にはアメリカ政府が、「99.7%の国民の血液からPFOAが、99.9%の国民の血液からPFOSが検出された」と報告。そんなアメリカは2022年6月、環境保護庁(EPA)が飲料水の安全値をより厳しく改め、PFOA含有量は水1ℓあたり0.004ナノグラム、PFOSは水1ℓあたり0.02ナノグラム、PFOA+PFOSの合算値で0.024ナノグラム/ℓに。基準を大幅に見直した理由は、「研究データと分析に基づき、以前よりもはるかに低い値で健康に悪影響を及ぼす恐れがあることが判明したため」と説明しています。ただ、PFOAとPFOSのみを規制しても、代替として使われる数千種類のPFASが次々と製造され、代わりに何を使っているかはほとんど公表されていません。たとえ製造をやめても環境中や農作物、体内にも長く残り、国内でとくに汚染が深刻な大阪は、工場でPFOAを全廃して5年以上が経った今も、ホットスポットでは地下水1ℓあたり20,000~30,000ナノグラムもの高濃度PFOAが。これは環境省とは別に、大阪府や研究者たちが独自に行った調査結果ですが、製造終了後でも年によっては水質や血液の検査結果が前年より悪化しているところも見られています。

PFASを扱う工場や施設を汚染源として、アメリカでは自治体や住民が企業を訴える裁判もたくさん起こっています。なかでも有名なのはウェストバージニア州、デュポン社の工場から広がったPFOA汚染で、2001年に近隣住民ら7万人以上が集団訴訟を起こしました。デュポン社の工場では1960年代から従業員のPFOA暴露による重篤な疾患が多発し、有毒性を確認していたもののその事実は伏せられ、「お手入れ簡単で焦げ付かない、油も少なくて済むからヘルシー!」と利便性だけが華やかに宣伝され、世界中にPFOA商品と汚染を広げること半世紀以上……。この事実は2018年に制作された『The Devils We Know』というドキュメンタリーでも、隠蔽の実態、PFOAの危険性などが描かれましたが、この実話をもとにした映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(アメリカで2019年、日本で2021年公開)でさらに、PFOA汚染が世界的に知れ渡りました。深い闇に光を当てるため、たった一人で巨大企業に立ち向う弁護士ロブ・ビロットを演じたのは、環境活動家の顔も持つ俳優マーク・ラファロ、彼の妻役にはアン・ハサウェイ。本作は主演のマーク・ラファロが2016年、米ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された1本の記事を目にしたことから、映画化のプロデューサーに名乗り出たそう。これが実話とは信じたくないほどの戦慄をリアルに感じたエンドロールには、こんなメッセージも映し出されます。
“PFOA is believed to be in the blood of virtually every creatures on the planet
……including 99% of humans.”
(PFOAはほぼすべての生物の血液中に存在するとされる
99%の人間の体内にも……)
本作は全体的に青みがかった映像も印象的ですが、それは「誰も気づかないうちに、すでに世界は汚染されている」ことの暗示。思えばPFAS汚染だけでなく、洗剤やプラスチック、食やコスメやファッションなど、今の時代さまざまな産業でもこうした不条理はあるあるな話。SDGsやエコな配慮をアピールするモノやコトですらたくさんの不都合な真実が隠されて、華やかに見える裏側では、命や安心よりもお金や私欲のほうが優遇される。映画の中で語られるこんなセリフも、やけにずしりと響いてきました。
「巨大企業だ、やろうと思えばなんでもできる。
科学者も政府も抱え込まれていて、体制は腐りきっている。
誰も僕たちを守ってくれやしない。
自分たちの身は、自分たちで守るしかない。
企業でも科学者でも政府でもなく、僕たちが──」
どことなく「現代社会の縮図」のようにも感じる、永遠の化学物質。この社会を前に、人それぞれ思うことは違って当然だけれど、「誰かの意見が正解」ではなく、まずは自分で感じて考えてみることがいちばん。興味があれば、実話に基づく映画を鑑賞しながら、何をどう感じて、自分はどうしていきたいかを考えてみるのもいいかもしれません。
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