「過剰な窒素・リンが招く、デッドゾーン(2)」|地球の今、海の今を知るVol.08


「死の海」と聞くと、サンゴ礁の消滅や磯焼けによる海の砂漠化など、悲しいくらいさまざまな問題も思い浮かびますが、海が酸欠になり、生き物たちが生存できないデッドゾーンはそれらとはまた別の現象として、世界の海に広がっています。原因のひとつは、(1)でお伝えした窒素・リンの循環異常。窒素もリンももともと自然界にあるもので、それ自体が悪いものではありません。ある程度の許容範囲ならうまく循環していくものですが、地球のさまざまな限界点を教えてくれる「プラネタリー・バウンダリー」の評価では、現在の窒素循環は限界値よりも3倍以上、リン循環は2倍以上も超えて、すでに危険領域に達してしまっています。

過剰に増えた窒素やリンがデッドゾーンにどうつながるのか? その理由のひとつは、私たちが毎日いただく穀物や野菜、果物などを作るために、または家畜の飼料を作るために、食料以外にも衣類のコットンなどを栽培するためにと、さまざまな農地で多く使われている化学肥料です。そもそも窒素もリンも、私たちを含めた生物が生存するために必須の栄養素で、動植物や人間を介しながら自然界でゆっくりと循環しています。とくに植物の成長には重要な役目があり、窒素はタンパク質や光合成に必要な葉緑素などとして、リンは開花や結実を促す栄養分として働きます。そのため、窒素・リン・カリは「肥料の三大要素」として人工的に大量生産され、化学肥料に多く含まれるようになりました。それも安価で即効性があるとして、この50年間で化学肥料の使用が約10倍に増加。窒素は現在、年間1億5000万トン以上が使われ、その半分は川や海へと流れ出ているそうです。

そうして大量の窒素やリンが水域に流れ出るとまず、栄養分が豊富になりすぎる「富栄養化」が起こります。すると、それを餌とする植物プランクトンが異常発生し、赤潮などを招きます。大量発生したプランクトンはそのあと死滅して、たくさんの死骸が海底に沈殿していきます。次に、その大量の死骸を分解しようとする微生物たちが活発に働き、このとき海中の酸素をたくさん使うため、その一帯が「貧酸素水塊」になってしまう……これが過剰な窒素・リンからデッドゾーンの発生につながっていくプロセスです。

魚介類や多くの生き物たちが住めくなるこの現象は、ただでさえ大きなダメージを負っている生態系を壊すだけではありません。低酸素な環境を好む「嫌気性細菌」という微生物は、活動するなかで温室効果がCO2の300倍という亜酸化窒素(N2O)を放出し、気候変動を加速させます。ただし、それは海だけに限らず、農地で窒素肥料が使われると土壌からもこの亜酸化窒素が放出され、さらには大気汚染につながる窒素酸化物を発生したりと、窒素肥料は海に流れ着くまでにもさまざまな環境問題を引き起こしています。最近は農薬や化学肥料を使わない、オーガニックな食材や繊維へのニーズも高まっていますが、そうした有機栽培や自然農法の方が様々な面から生物多様性を守り、環境汚染や気候変動を抑える効果があることも科学的データとして発表されています。

日本は食料自給率が4割弱と低く、半分以上を海外からの輸入に頼っていますが、国内産だけでなく、たとえば遠い外国で化学肥料を使って作られたものを購入すれば、現地の土壌汚染や海のデッドゾーンを広げることにも加担してしまう……そう思うと、遠い国の環境問題も、自分の日常と確かにつながっていることを実感します。とはいえ、デッドゾーンの原因は農業排水だけでもなく、単純に窒素やリンの流入を減らせば解決するわけでもないようです。次回は、日本で広がるデッドゾーンと私たちの生活排水について、一緒に考えてみたいと思います。

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