映画『The Physics of Noseriding』|物理的に理解するノーズライディング

数多くいる女性サーファーの中で、唯一無二のポジションを確立しているローレン・ヒル。
雑誌の特集やサーフブランドの広告、コンテストなどに出てくるタイプではなく、パーティやイベントで姿を見かけることもほぼない。もし彼女をよく知っている人がいるとしたら、それはかなりアンテナを広く張っている人だと思う。

オーストラリアを代表するフリーサーファー、デイビッド・ラストヴィッチ(通称ラスタ)の妻であり、彼女自身もスタイリッシュなサーファー。ロングからミッドレングスまであらゆるボードを華麗に乗りこなす。そして熱心な環境活動家で、パタゴニアとタッグを組み、楽しみながら学べる環境活動を行なっている。

そんな彼女が新しいサーフショートフィルムを制作した。
タイトルは『The Physics of Noseriding − ノーズライドの物理学』。

ロングボーダーが一度は疑問に思う「ノーズライドってどうなってるの?」

そんな素朴かつ永遠のテーマをおもしろ可愛く表現した作品。主人公のナマーラを通して、ノーズライディングという奥深い世界を理解していくストーリーは、たくさんの情報とインスピレーションが詰まっていて、美しいライディング映像とバランスよくフローする音楽が心地良い。サーフィンをやったことがない人やショートボーダーも見入ってしまう内容だ。

「フィルムを作るのはすごく楽しかった! そして映像の世界は果てしなく深いと改めて理解したわ」

ショートフィルムの制作、雑誌のコラムや本の執筆もアクティブにこなすローレンだが、今回のフィルムは今までとは全く異なっていたようだ。

「フィルム制作が始まった直後に関係者が次々とコロナにかかり、その後は(オーストラリア)東海岸を2度にわたって大洪水が襲い、中断が続いたの。おかげで完成するまでに、ほぼ1年かかったわ」

町の全てを押し流した泥水は川へと流れ、最後は海へ辿り着いた。大量の土砂とゴミで何ヶ月も真っ黒な状態が続いた海にパドルアウトするサーファーの姿はなく、海に入った翌日は結膜炎や中耳炎で救急病院に運ばれたという話で持ちきりになった。

多くのサーファーが海に入りたい気持ちを抑えていた期間、プロジェクトを抱えていたローレンにとっても辛い時間となった。

「ロングボードってただ小さい波に乗っているイメージがあると思うけど、実際ロングボーディングに適している波を探すのって難しいの! 早過ぎず、トロ過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎずといった感じ」

撮影にはリア・ドーソンやジョシー・プレンダガスト、ローラ・ミニョーなど世界中から錚々たるメンバーが集結した。

「ノーズライディングとロングボードの歴史を、レジェンドたちの話を交えながら、わかり易くそして楽しく表現したかったの」

ローレンがそう語るように、フィルムにはヒストリーからメカニズム、そしてその感覚を科学的に説明する資料も映し出されている。

トリムをするときには波とすべてがマッチしてなければならない。減速と力の入っていないエフォートレスな加速。そして準備段階で欠かせないのは、減速させながら波のフェイスでボードを振り子のようにスイングさせること。そして、ここだ! というタイミングを見極める。
ノーズに到達した後は、地形、風向き、うねりの方角、波が割れる速さ、トリムするアングルなど全てを浮揚という動きに反映していかねばならない。
頭で判断した情報を瞬時に身体に伝達し、全身で表現していく。こうやってノーズライディングのメカニズムを言葉で説明しようとすると、なんとも難しく聞こえてしまう。

ー『The Physics of Noseriding』より

またフィルムの中では、コアンダ効果についても説明している。

ノーズに過重がかかると水の流れは変化し、レールとテールが波に張り付き、ブランケットに包まれるかのような安定感を生み出す。
ハングファイブがスピードであれば、ハングテンは贅沢な失速。イメージとして捉えるとロングボードはシーソーのようなもので、水の重さとリフトによって浮揚が生まれる。

ー『The Physics of Noseriding』より

さらには、女性と男性のスタイルの違いを紹介する興味深いパートも。

「男性はノーズに立った時に膝でリードすることが多いが、女性はヒップでリードする。その名も“The hang hip”。ハングテンをする時に足の裏に体重を乗せ、フルにコミットすると同時にヒップで体重をノーズの先に押し出す。それはまるでダンスのような動き。女性らしい美しいラインとしなやかさがより輝く、ノーズライディングの最高峰のスタイルといっても過言ではない」

膨大な量の研究結果と分析をまとめ上げたフィルムは、結末でこう締めくくる。

「何千年も前から、先住民や古代人は波に乗るという遊びをしている。それに比べてニュートンの法則などは、350年程前に発明された日の浅いもの」

そう、このフィルムが本当に伝えたかったのはここだ。物理的に導き出された答えも大切だが、“感覚”が最も大切だったりする。
それはサーフィンに限らず、人生も同じなのかもしれない。

▲上に戻る


世界を魅了する2人のロングボーダー|カリーナ・ロズンコ、ローラ・ミニョン(前編)

パンデミック後にカリフォルニアを旅したサーフィンフォトグラファーのトーマ・ロダン。フランスを代表するフォトグラファーの彼曰く「今、ログの世界は女性が面白い!」。そう言わせたのは、カリーナ・ロズンコとローラ・ミニョンとのセッションだった。

悲しみを乗り越え、再生したタイ・カオラック|そこで出会った2人のサーファー

タイ・プーケット空港から北に約1時間半の場所にある人気のリゾート地、カオラック。2004年のスマトラ沖地震による津波で壊滅的な被害を受け、しばらくの間ひっそりと静まっていたが、近年一部のローカルサーファーたちによりサーフスポットとしての価値を見出されてきた。

世界初、日本のサーファーが主役の『Chasing Waves』がDisney+で1月11日から公開!

ディズニーが手がける動画ストリーミングサービスDisney+。日本に焦点を当てた新作のオリジナル・ドキュメンタリーシリーズ『Chasing Waves(チェイシング・ウェーブス)』(邦題『ニッポン・サーフ・カルチャー』)全8話が、2022年1月11日(水)より放送されることが発表された。

SHARE