【連載】地球の今、海の今を知る|Vol.52 ライフスタイルの方向転換を考えてみるとき

欲しいものは世界中からなんでも揃う、新しいものが次々と生み出される、けれどもその水面下では地球環境や生き物たち、弱い立場の人々が虐げられて、果たしてこれが「平和で豊かな先進国」と胸を張って言えるのかなと、そんな疑問も感じながら。それでもなるべく水面下にまで視線を向けて、自分なりにピースな方向転換を考えられる人でありたい。たとえばVol.49で紹介した映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』、Vol.50ではIUU漁業について、WWFジャパン 海洋水産グループの滝本麻耶さんにお話を伺うなかでは、「IUU漁業について知ることは、ライフスタイル全体を考え直すきっかけにもなる」とも教えてくださいました。長く環境問題に携わってこられた滝本さんは、大学時代に北欧デンマークへ留学、社会人経験を経たあともドイツの大学院で環境政策や環境ガバナンスを学び修士号を取得され、環境先進国で奥深く学ばれた経験や視野とともに、大切なメッセージを幅広く教えてくださったので、ここでもシェアしたいと思います。

──これまではIUU漁業のような実態を知ることもなく、そこに違和感を持つこともなく、おかしいことを「おかしい!」と問いかけることもなく、たとえばシーフードミックスのような商品も「カンタン便利」というだけで当たり前に、与えられるまま、流されるがままに消費してきたような気がします。

滝本さん(以下略) そうですね、シーフードミックスを一例に挙げるとすれば、確かにとても便利で冷凍保存もできて、重宝される商品です。けれど、そこに入っているエビやイカ、アサリなどがどこから来たのか、どのように獲られたのか、誰がその殻をむいて加工処理をしたのか、私たちは知らないことが多いです。過去には、海外のエビの殻むき工場などで、児童労働が行われていたという報道もありました。そこでは水を流しっぱなしの床の上に、女性や子供たちが裸足で10時間以上もずっと立ちっぱなしで作業をさせられているという実態が明らかにされていました。自分で材料を全部用意して、小さなエビを1個ずつ丁寧に殻をむいて、イカも捌いてボイルして、アサリも一つひとつ身むきして、と具材を下ごしらえすることを想像してみてください、大変ですよね。原材料である資源そのものもタダではないなか、そのような商品が数百円で手に入ります。けれども、なぜその値段になるのかを考えてみたり、私たちは消費者として手に取る商品にもっと関心を持って、そのような「なぜ?」ももっと問うていくべきなのだと思います。

悲しいことに環境問題が起こっているところの多くでは、奴隷・児童労働といった人権問題も同時に起こっている……これは私が担当する水産分野に限らず、他分野の担当者と話しても「どれも構造は同じだね」という話になります。たとえば、多くの食品や日用品に使われているパーム油や、チョコレートの原材料であるカカオなどの農園において、コットン栽培から服の仕立てに至るファッション産業において、またアクセサリー等に使われる金の鉱山など、多くの産業において、同様の構造が存在しています。現場の労働者は、必要な知識やトレーニングも受けないまま危険な作業や薬剤を扱うこともあり、知らない間に健康を害してしまったり、命を落とすこともあります。しかし、貧困が根底にあると、明日を生き抜くためには働くしかない。私はドイツの大学院で環境政策などを学んでいたとき、切り花の背景を知って大きなショックを受けたことがありました。ヨーロッパで売られている切り花の多くがアフリカで栽培されているのですが、自分の農場を一面花畑にする人も多く、そこでは作物が作れないから食べ物は買うしかない、けれど栽培した花々は安く買い上げられていくので生産者はずっと貧しいまま、食べ物も十分に買えない。「暴力行為や強制労働はないにしても、これも一種の搾取の構造なんだよ」と教わったときにハッとしたんです。コーヒーについてもブラジル人のクラスメイトが教えてくれたのは、たとえばアラビカ種というコーヒー豆は日本で当たり前に売られていますが、「そんなのブラジル人は飲めないよ、高級豆は先進国にしか行かないから」と言われて衝撃を受けました。シーフードもお花もコーヒーもほんの一例ですが、多くの生産現場で同じように、現代の経済の構造にうまく乗せられながら虐げられている人たちや環境・生き物たちがいて、それをいわゆる先進国(消費国)の消費者が、知らず知らずに買い支えているわけなんです。

──「知らなかった」で済ませたくはないですが、本当に衣食住のいろんな場面に不都合な背景があるんですよね。とはいえ背景を知りたくても把握できない、その前に「うわべだけ、見せかけエコ」のようなグリーンウォッシュに騙されることも多くて。そうして今後も新しい商品はエンドレスに作られ、大量のゴミも生み出し続け、そんな消費文化をいつまで続けるのかなとも思ってしまいます。

そうですね。最近では「SDGs」といったキーワードが世の中に浸透してきて、多くの人の意識変容や行動変容のきっかけになること自体は良いのですが、それを逆手にとって、「SDGsと謳っていれば、なんでも良い」という風潮には危機感があります。

──「それで良し」「少しでも配慮した商品を作ろう・買おう・広めよう・応援しよう」という風潮はとても強いですね。でも現実はちょっと配慮したくらいではまったく足りないくらい、私たちは崖っぷちに立っているんだよなと……。

自然環境や生態系の劣化・危機的状況と、増大するフットプリント(人類が地球環境に与えている「負荷」の大きさを測る指標)を考えると、現状のような「小手先」でみんなが満足してしまったら、地球はもたないと思います。

──本当にそうですね。近い将来、これまで通り「なんでも簡単に手に入る」は難しくなるとも言われますが、そもそも祖父母の世代、両親の昔話なんかを聞くと、モノが十分にない時代だったからこそモノを大切に、工夫しながら暮らしてきた姿勢を感じて、その頃に比べると今はなんて贅沢なのだろうと思ったりします。

それこそおじいちゃんおばあちゃんの時代にはこれほどプラスチックなんて無かったけれど、それでもみんな上手に工夫して助け合って暮らしてきたわけですよね。スピードや効率が求められる現代社会では、どんどん便利で手軽で時短にできるものが生み出されてきました。技術の進歩や便利なものをすべて否定するわけではないのですが、モノに対してそれがどこから来たのか、「すべて地球の資源から成り立っている」というようなことへの想像力は乏しくなっているのではないかと感じます。

──そうですね、自然からも遠ざかって、自然に対する畏怖の念も失って、まさに「人間が王様」のような。そんななかコロナ禍はどこか「立ち止まること、内省すること」を促されたような、誰もが活動をスローダウン・スケールダウンした経験で、その間は世界各地で自然環境や生き物たちが元気を取り戻していましたが、実はそれも大切なヒントじゃないかなと。

アフターコロナの新しい提案として、「忙しさを手放す」ことも一つの方向性かもしれないなと、私も思います。そうなれば今あるモノや少ないモノで工夫する余裕も生まれる。また、たとえば家から容器や袋を持って買い物に出かければ、1回限りの容器や袋は必要なくなったり、お酒やお醤油なども昔のように全部同じ瓶にして、洗って使い回したり、やり方次第で活かせる知恵って実はいっぱいあるんですよね。私は水産分野に携わっていますが、問題はシーフードだけじゃなく、自分が消費するものすべて、もっといえばライフスタイルのベースから見直さないと、本当に必要な変化は訪れないだろうなと思っています。

──たしかに、「シーフードだけは配慮されたものを買って、それ以外の消費は何も気にしない」では、必要な変化は広がっていかないですもんね。

はい。なのでまずは、今の暮らしを支えてくれているモノの背景にどのような現実があるのか、に関心を持って、自分が買うものに意識的になると同時に、暮らしのペースやスケールといった全般に考えを巡らせてもらえたら嬉しいなと思っています。

──とても視野の広がるお話の数々、ありがとうございました。

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