あなたにとって、本当の幸せとはなんですか?|地球の今、海の今を知る Vol.72


子供のころから、ミヒャエル・エンデの名作『はてしない物語』をもとにした、『ネバーエンディング・ストーリー』の映画が大好きでした。内容はもちろん、日本語吹き替えのセリフまで覚えてしまったくらい何度も観ているのに、それでも観るたびにもれなく、ファンタージェンを救う勇敢な戦士アトレイユとアルタクスの冒険にどっぷり感情移入して、毎回一緒になって泣いたり笑ったり勇気をふりしぼったり。
極めつけは「ファルコンみたいに頼もしくて愛らしい、幸運のドラゴンの背中に乗って地球じゅうを旅したい! それなら、温室効果を気にすることもなく自由に飛び回れるのに……なんて(笑)」と空想を巡らせながら、今でもことあるごとに、果てしない物語の世界観に浸りたくなります。

つい先日も無性に恋しくなって久しぶりに観てみたら、そういえばこの物語もどんどんと壊されていく美しい星と、心の内側に広がる「虚無」がキーワードだったことを思い出しました。
それでいて私の視点が昔とずいぶん変わったせいか、「こんなメッセージも込められていたのか!」と新しい気づきに出合えたりもして、示唆に富んだエンデ作品の魅力に改めて引き込まれたところです。

映画を好きになったことをきっかけに、小学生のときにエンデのもう一つの代表作『モモ』を手に取ってみたのですが、当時はどうしても最初の数章から先を読み進められず、読了できたのはずいぶんと大人になって、社会人になってからのこと。
そのときに感じたのは、子供のころは海や山で遊ぶことに夢中で、読書は苦手だった私の読解力が乏しかったという理由もあるけれど、社会のあれこれをまったく知らない小さな私には、この物語を理解できなくて当然だったのかもしれない。そのくらい、大人になったからこそ頷ける鋭い洞察と社会風刺、けれども心に力強く響いてくるメッセージがたくさん散りばめられていて、深く感動したことを覚えています。
児童文学でありながら世界中の老若男女から愛され続ける『モモ』、とくに現代を生きる大人たちにこそ届けたい名著といわれる理由もストンと腑に落ちて、今では愛蔵版を大切にするほどファンになった一冊です。

印象深いエピソードは数えきれないけれど、その一つを紹介するとしたら、たとえば物語の重要なキャラクターである「灰色の男たち」が、「ビビガール」というお人形を主人公の少女モモに紹介する場面での一コマ。
「私、もっと、いろいろなものが欲しいわ」と同じ台詞ばかりを繰り返すビビガールのためにたくさんのものを買い続けなければならない、そんな遊びのやり方を、灰色の男がモモにこう説明します。

「いいかい。次から次へといろんなものを買ってくれば、退屈なんてしないで済む。これに飽きたらまた別のものを買って遊べばいい。それに飽きたらまた別のもの、また飽きたら別のものを、もっとたくさん、もっともっと……。そうすればもう、決して退屈することなんてないんだ。いくらでも新しいものがあるんだから」

この作品が出版されたのは、今からちょうど50年前の1973年。けれども、『モモ』を読んだ人たちからは、「灰色の男たちとビビガール、これって現実世界の周りにもいっぱいいる、今の社会そのものじゃない?」という感想も多く聞かれます。
現代の資本主義やマーケティング、CMやインフルエンサーたちが次々に勧めてくる新しいモノやサービス、流行りのSNSまでもが、「まるで灰色の男たちがモモに差し出したビビガールのようだ」という書評にも、妙に納得してしまいます。手を変え品を変え、次から次と物やコンテンツを提供することで意識や思考を操って、そのうちに人々の心までも蝕んでいく灰色の男たち。彼らの存在は「時短や効率」「利益や成長」「過剰消費」といったさまざまな社会背景の象徴としても描かれ、けれども児童文学ならではのやさしい文体で、本当の幸せとは何かを私たちに問いかけてくれます。

ドイツ屈指のファンタジー作家でありながら、社会問題にも精通していたミヒャエル・エンデ。彼は物質主義や科学万能主義、資本主義といった近代以降の発展を風刺的に描きながら、「問題の解決には、根源にある社会システムから問い直すべき」と考えていた一人でもありました。
といっても、何かの正解や教訓を押し付けるわけでもなく、エンデ自身は「ただただ純粋に、物語を楽しんで体験してほしい。そのなかで、それぞれが自由に解釈すればよい」と望んでいたそうです。
そんなエンデの姿勢にもリスペクトを贈りながら、まだ読んだことがない方はぜひ、時間を忘れてゆっくりとエンデ文学の世界観を楽しみながら、自分にとっての幸せな瞬間を改めて感じ直してみるのもいいかもしれません。


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