
Vol.60、Vol.61の前2回で、永遠の化学物質「PFAS」が地球じゅうをくまなく汚染していることについて掘り下げました。長年PFASを研究しているストックホルム大学の研究者たちは、「すでに安全に飲める雨水はどこにもない。先進工業国で私たちが雨水を(直接)飲むことはあまりないものの、世界中の多くの人々は雨水は飲んでも安全だと思い、多くの飲料水源となっている」と語ります。そんなPFAS汚染は「人類が生存できる限界(プラネタリー・バウンダリー)を超えている」とも結論づけられました。
「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」とはVol.7で触れた、地球の健康状態を知る診断結果の一つ。20世紀から始まった、人間活動が地球を破壊し尽くす「人新世」の時代、その危機を最新科学で解き明かし、9つの領域でそれぞれ超えてはいけない限界値を見極め、超えてしまうと取り返しのつかない壊滅的な変化を起こすとされる指針です。以前紹介したのは2015年版のこちら、グリーンが安全域内、オレンジは「地球の限界を超えた」とみなされ、レッドゾーンはすでに取り返しのつかない危険レベルにまで達した状態です。

Not yet quantified(定量化が未完了)の空欄はダメージがゼロのように見えますが、解析が未完了で現状が分からないだけ。上の2015年版では3分野が空欄でしたが、2022年の最新版で明らかにされたNovel Entities(新規化学物質)は、いきなりのレッドゾーンMAX。プラスチック汚染だけでも深刻だろうと覚悟はしていたけれど、蓋を開けてみたら危険度は最大値という解析結果に……。

① Climate Change「気候変動」
② Ocean Acidification「海洋の酸性化」
③ Stratospheric Ozone Depletion「成層圏オゾン層の破壊」上の3ついずれかが限界を超え、回復不可能な状態になると地球全体に壊滅的な影響を与えるとして「ビッグ・スリー」と呼ばれる。気候変動に関しては10月26日、世界気象機関(WMO)が「大気中のCO2、メタン、一酸化二窒素といった温室効果ガスの世界平均濃度が、2021年に過去最高を更新」と発表したばかり。
④ Biosphere Integrity「生物圏の一体性」
以前は「生物多様性の損失(Biodiversity Loss)」と呼ばれた分野で、E/MSY(生物種が絶滅する速度)はすでにレッドゾーンMAX。自然状態に比べ、今は生物の絶滅率が1000倍~1万倍もの速さで進行中。BII(生態系機能の消失)はまだ、Not yet quantified(未解析)。
⑤ Biogeochemical Flows「窒素・リンの生物地球化学的循環」
化学肥料として人工的に作られた窒素(N)やリン(P)の海洋や土壌への流出汚染も、レッドゾーンを大幅超過。この影響で世界に広がる「海のデッドゾーン」についてはVol.7、Vol.8、Vol.9、Vol.10を。
⑥ Fresh Water Use「淡水利用」
⑦ Land-system Change「土地利用の変化」
⑧ Atmospheric Aerosol Loading「 大気エアロゾルによる負荷」エアロゾルはPM2.5など、粒子状の大気汚染物質のことで、原因の半分以上は化石燃料によるもの。大気汚染は世界の死因第1位、環境汚染による死因の約2/3、年間700万人前後の命が大気汚染によって失われ、死者数の半分以上は日本の生産・消費の多くを支える中国やインド。解析はNot yet quantified(未完了)。
⑨ Novel Entities「新規化学物質」
以前は、Chemical Pollution(化学物質による汚染)と呼ばれた分野で、残留性有機汚染物質、重金属、核廃棄物、内分泌撹乱物質、プラスチックなどの化合物、産業由来の有機化合物、抗生物質、農薬、害虫駆除・殺虫剤など、3500種を超える化学物質が汚染源とされる。PFASもそのうちのほんの一つ。1950年以降、化学物質の生産量は50倍にも増加し、2050年までにはさらにこの3倍も膨れ上がると予測。
PFASやプラスチック、内分泌攪乱物質などはもちろん、日本は海外で禁止されている農薬や添加物といった化学物質の使用量も世界トップレベル、危険な農薬にも耐えられる遺伝子組み換え食品もたくさん流通しています。食に限らず、ファッションやコスメ、日用品など、環境にも人にも悪影響が大きいと分かっている化学物質が当たり前に溢れかえり、海外ではガンの罹患率が減少傾向にあるなか、先進国で日本だけがどんどん、ガンやアレルギーなどの罹患者数が増えていることも事実です。
ところで、つい先日の2022年11月1日から、オーストラリアでは使い捨てプラスチック禁止令がさらに強化され、シドニーを含むニューサウスウェールズ州では石油由来だけでなく、「バイオプラスチックのような生分解性プラスチック」、「“自然に還る”と謳われるコンポスタブルな代替品」なども禁止の対象となりました。違反すると高額な罰金も課せられます。オーストラリアは2022年7月から国全体で、生分解性プラスチックも段階的な廃止を進めている環境先進国。化学物質汚染だけでなく、気候変動、生物多様性の喪失、窒素・リンの循環異常、土地利用、とすでにバウンダリーを大幅に超えた領域が5つもあることを思うと、オーストラリアのように、自然素材だとしても別の環境負荷を重ね続けるモノやコトにまでNOと言える、ほんとうの意味で地球と人を深く思いやれる人たちが増えていくことが、これからの希望のようにも感じています。
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